本編

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漫画の吹き出しのような形状の葉が、微細な月光を反射して艶やかに青光りしている。  ベゴニア パボニナ。  この品種は日本では原生しておらず、かといって、私が今しがた踏みしめている土はれっきとした岐阜県北部の山中である。不可思議な話ではあるが、理解が及ばないわけではない。  近辺で起きる怪異現象のおおかたの原因は彼女にあり、また私もそうさせているのだ。  おぼろ月は浮かんでいるが、外套は雨に濡れていた。斜面に剥き出しの木根や、苔むした石段が形成する段々の山道は早くもぬかるみが浮き始めていた。  新調した長靴のことを気の毒に思ったが、いや、この場合においてはむしろ光栄なことか。  晴天の象徴であるはずの太陽があがっているのに降雨が認められる状態のことを【狐の嫁入り】と呼ぶが、この場合はなんと呼べばいいのか。  狸の婿入り、と浮いた言葉は冷笑の下に吐き捨てた。  吐く息は白い。
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