58.いざ大阪

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「――で、いかがでしたか? 柚月さん。会長にお会いになられた感想は」 「そうですねぇ。東条会長はとにかくご多忙な方だと伺っていたので、お目通しが叶ってホッとはしました。ただ、五分はあっという間でしたけど」 「皆さんそう仰いますわ。これでも、ずいぶんと暇になった方なんですのよ。御子息に社長のイスを譲るまでは、スケジュールが分刻みでしたから」  うへぇ。ほんとにあるのかよ、過密スケジュールの逸話。漫画じゃよく見る設定だけど、日がな方方(ほうぼう)へ飛び回る生活を続けて、よくぞ健康でいられるもんだな。 「他にもお伺いしたい事はあったんですけど、あれだけお忙しいなら、込み入った話をするのは難しそうですね」 「ええ。そのために、邸宅の管理は第二秘書の私が窓口を務めているんです。他にもお聞きしたい事があれば、何なりと私に仰ってくださいね」 「オフレコでも構いませんか?」 「……はい。何なりと」  俺の問いで何かを察したのか、秘書の京堂(きょうどう)さんから笑顔が消えた。 「録音機からバッテリーを抜きました。ここに置いておきますので、どうぞ遠慮なくご質問ください」  物音ひとつ立たないお屋敷の一室で、ゴトリ、という重量感のある音が響いた。今しがた、テーブルに置かれたバッテリーがなければ、ICレコーダーは録音も再生もできない。  つまり、現在の応接室は完全なオフレコだよ、というメッセージである。  そこまでしてもらって、俺が持つレコーダーだけを稼働させては仁義が立たない。バッテリー抜きにはバッテリー抜きで応じるのが誠意だろう。 「では改めて。時間も限られているので単刀直入にお伺いしますが、どういった経緯で、僕が東条会長から直々にご指名を頂く事になったんですか?」 「やっぱり、それをお尋ねしたかったんですね」  やっぱり? って聞き返す以上、京堂さんはその理由を知っているんだろうな。あくまで個人的な事情でないのなら、この問いだけはオフレコにしない方が良かったのかも知れない。 「はい。ついでに言っちゃうと、今のお答えで確信を得ました」 「え? 私、そこまで喋ってしまいました?」  さっきまで冷静だった京堂さんが、俺の確信で心を見透かされたと思ったのか、明らかに動揺している。これじゃあクールビューティーが台無しだ。 「実は、ここ数日間に起きた出来事を全部洗い出したんです。その結果、東条会長が僕の名前を知るきっかけは一つしかなかった。それがこいつの存在です」  そう言って、俺が胸ポケットから取り出したスマートフォンを突きつけると、京堂さんは、やにわに口を覆って吹き出した。  ……あれ? 何で笑かしちゃったんだ?  これでも一応、探偵気取りでかっこよく決めたつもりだったんだが、俺の演技がよっぽど大根だったのかな。
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