プロローグ

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プロローグ

 今までも、不思議だなと思う体験はいくつかあった。  気味が悪いとすら思う。  あれは小学三年生のとき。  絶対に隣になりたくない男子がいた。  いつも暗い顔をして、一人でぶつぶつ独り言を言っている。  クラスで浮いていて、みんな無視していたけど、わたしは彼の行動に人一倍反応して、嫌悪していた。  「春菜はどうしてそんなにあの子が嫌いなの?」  親友の美樹にもよく聞かれた。  何がそんなに嫌だったのか、当時のわたしはわからなかった。今振り返ると、何を考えているのかよくわからない、得体の知れない存在への不安を感じていたのかなと思う。    嫌いというよりも、恐怖だったのだろうと。  彼の暗さが逃げたくなるくらい苦手だった。    わたしは一年間ずっと、彼の隣の席になってしまった。  席替えは学期毎にあった。  席替えのたびに、絶対にあいつの隣にはなりたくない!と念じた。  強く強く念じて、祈って、その結果が前述のとおりだ。    美樹は二学期の席替えの時は笑ってからかってきたが、三学期の時はさすがに気の毒に思ったのか、  「ついてないね・・・」    と肩をポンポンと叩いてきた。  あいつ以外だったら、誰でもよかったのに。  なんでピンポイントに、わざわざあいつが隣になるの?    本当に不思議!  おかしい!  ギャグかよ!  と神様に突っ込みを入れたくなるくらいだった。      良くも悪くも、強く想ったほうに現実が引っ張られるらしい。  そんなことに薄々気付き始めたのは、成人してからだった。  電話しようと思った相手から、電話がかかってくることは序の口。  大好きな俳優のことを考えていたら、撮影現場に出くわしたこともあった。抽選で、ずっと行きたいと憧れていたホテルの宿泊券も当たった。  そんなラッキーも引き当てたけれど、アンラッキーも同じようにあった。  嫌だ嫌だと思っていたことが現実になってしまうこと。そして今回も、またこのパターン・・・と愕然としている。  なんでよりにもよって、彼女と仕事をすることになるのか。考えただけで胃がキリキリしてくる。    わたしはなんとかこの憂鬱な気分を紛らわそうと、金曜日のにぎやかな夜の街をブラブラと歩いていた。  用がなければサッサと帰宅する主義なのだが、今日は一人になりたくなかった。  美樹は今頃夕飯の準備かな・・・そう思うと、以前のように気軽に連絡することも憚られた。  二年前に結婚した美樹に、小さな嫉妬を覚えている自分にも、嫌気がさしている。  (ああ、もう!)  とにかく、来週からは、あの子と一緒に仕事をしなければいけない。  せっかく今日は早めに会社を出たんだ、何か気晴らしをしたい!  そうでもしなきゃやってられない!    考えてみれば、夜の街をぶらつくなんて久しぶりだ。  秋の気配が色濃くなり、六時になれば空はピンクから紫色へと変化していく。  デパートのディスプレイは茶系が目につく季節だ。  買い物をする気にはならないなぁ…とふと目線を横にやると、ある小さなビルの四階の「Bar Spring」という看板に目がとまった。  スプリング…春生まれのわたしにはちょっと惹かれるものがある。  おなかはそこまで空いてないし、バーで軽く飲んでみるのもいいかも。  一人でバーなんて三十五歳にして初めてだけど、もしかしたら、愚痴くらい聴いてもらえる?(よくドラマであるような)  開いているかな?  行くだけ行ってみようか。  わたしの足は、ほのかな期待と共にビルに向かっていた。  狭いエレベーターに入り、四階を押す。  エレベーターを出たら可愛い天使の置物があり、木目調の小さな看板に「Bar Spring」と書いてある。  オーナーさんは女性かな?可愛らしい趣味ね。  ホッと気持ちが和み、敷居が一気に低くなった。  店内に灯りが見える。どうやら開店しているようだ。    そうしてわたしは、Bar Springの扉を開けた。  この扉の先に、新しい自分が待っているとも知らずに。
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