プロローグ~恋より刹那の快楽を~

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 セトは便利屋のアルに目礼すると、僕を背負って、歩き出す。  すると、切りとられたブルーノの左手の先は、紙の花を、がさり、と一鳴りさせ、僕の頬を軽くこすって、安定した。 「……ブルーノ、死んじゃった、ね」  少し歩いて、便利屋アルの姿が見えなくなって。  高級娼館メーヌリスの気配が消えると、僕は息を吐くように呟いた。  そんな声に、セトは律儀に返事をする。 「……はい」 「ブルーノってさ、自分勝手でしっこい変態野郎だったけど……  本当は、僕、そんなに嫌いじゃなかったみたいなんだ」 「はい」 「あんなに強かったブルーノでさえ、あっけなくぽろっと死ぬなんてさ……ダメだね。  この腐った世界では『恋』なんて、出来ない」  死んでしまう人間に一々『愛』なんて語っていたら『心』なんて、あっという間にすりへってしまう。 「……だから、お師匠様のドクター・ルアは、僕を愛してくれないのかなぁ」 「……」  僕の言葉に黙ってしまったセトに、もう一度言ってみる。 「やっぱり、セト。家に帰ったら僕を抱いてよ。  今は恋より、刹那の快楽が欲しいから。  セトで僕を壊してくれない?」 「つつしんで、お断りいたします」 「ふん。セトの、けーーち!」  ……知ってたけどね。  僕は、ぺろっと舌を出すと、セトの肩にぽふっと、もたれかかった。 「……じゃあ、抱いてくれないなら、ここで歌って良い?  今は、そんな気分なんだ」 「ご自由に、どうぞ。  あなたの歌声が響くと、みんな死神が出たと、怖がって逃げますから。  家に帰るまで、悪党に絡まれなくて済みます」  ふん。  人の歌声で逃げ出すなんて、どいつもこいつも、失礼なヤツ!  ルアには、僕の本気の声を聞いていると、ついうっかり恋に落ちそうになるからって、声を封じられたまま、散々弄ばれたけれど。  僕の歌う歌って、そんなに下手くそなんだろうか?  そう、ちらっと思ったけど、良いもんね。  僕は僕の好きなように、生きる。  歌いたいから、歌うんだ。  空(うつ)ろな人形じゃない証。  魂の叫びが、歌になる。  ~~~~♪   歌い出すと、僕を背負って歩いているセトが、心地よさげに耳を垂れたから。  それに励まされるように、僕は歌を紡ぎ出す。  悲しみの歌を。  心の歌を。  魂の歌を。  今は、夜明け前の一番暗い時間だ。  僕の歌声は、この腐ったセカイに思いのほか、遠く高くへと響き渡ったようだった。 〈プロローグ短編、終了〉
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