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プロローグ
全長約8.8m、最高時速150km/h、最大定員10名の小型の高速飛行船――ホワイトファルコン号。
その前で、緑のジャケットを着た男性と着物姿の女性、そして黒装束に身を包んだ少女が立っていた。
緑のジャケットを着た男性――ラスグリーン·ダルオレンジ。
彼が女性と少女に向かって言った。
ここからは戦いたい人間だけが前へと進むべきだ。
少しでも恐怖を感じているのなら引き返し――。
愛する人間がいるのなら、その者と共に残りの時間を過ごすべきだと。
「あなたにはいないのですか? 愛する人が……一緒にいたい人が……?」
着物姿の女性――クリア·ベルサウンドがラスグリーンに訊ねた。
だが彼は首を横に振り、笑顔を返すだけで何も答えなかった。
そして、彼はホワイトファルコン号へと乗り込んでいく。
その後を、黒装束の少女――ローズ·テネシーグレッチことロミーが彼を追って行こうとした。
クリアは、ロミーにもラスグリーンと同じ質問をした。
ロミーは彼女に背を向けたまま返事をする。
「あたしにもう愛する人はいない」
冷たく吐き捨てるように言ったロミー。
それでもクリアは、また彼女へ声をかける。
「ですが……アンはあなたの姉……」
「あんな腑抜けッ! あたしの姉なもんか!」
ロミーはクリアの言葉を遮り、怒鳴り返した。
ロミーたちがこれから挑もうとしている相手――コンピュータークロエ。
かつて世界を崩壊させた元凶が、再び復活し、世界中へメッセージを送っていた。
クロエは、世界中にストリング帝国の皇帝――レコーディー·ストリングの死を伝えた。
それでも戦争を続ける人間たち――ストリング帝国と反帝国組織バイオ·ナンバーの姿を見たクロエは、人類を滅ぼすと世界中へ宣言。
だが、クロエは少しの猶予を与えると言う。
かつて自分に挑んできた英雄ルーザーのように――。
再び自分に挑む者がいるのならば、その挑戦を受けようと。
「あたしはクロエを殺すだけだ。それが優先……最優先」
そうロミーは言葉を続けた。
クロエよって、彼女の半身というべき少年――クロム·グラッドスト―ンと、幼いときから常に共にいた電気仕掛けの黒子羊ルーは奪われた。
クロムは身体を乗っ取られ、今やコンピュータークロエは彼の姿をしている。
ルーは無残にも、ロミーの目の前で消滅させられた。
もうこの世界に、ロミーが大事な者は存在しないと言ったのは、そのことがあったからだ。
それは、先にホワイトファルコン号へと歩いているラスグリーンも同じだった。
彼はこの世でたった一人の家族――妹のマナ·ダルオレンジをクロエに奪われた。
これからクロエへ勝ち目のない戦いを挑む2人には、もう失うものがない。
だが、クリアは違った。
彼女にはまだ幼い子供――。
男の子と女の子の2人兄妹がいる。
今その子供たちは、彼女の母の故郷に預けてきていた。
どうやらラスグリーンはそのことを知っていたようだ。
だから彼は、クリアに気を使って先ほどの話をしたのだろう。
「ラスグリーン……ロミー……」
2人の背中を見ながらクリアはか細い声で名を呼んだ。
クリアは、このままクロエに挑んでも勝てないことを悟っていた。
彼女は直接クロエと対面したわけではないが、ストリング城でクロエが発していた悍ましい波動を感じたからだ。
あれを例えるなら神という以外に言葉がない。
クリアは思い出すと、その身を震わせた。
「アン……あなたが一緒に来てくれ、と私に言ってくれたら……」
そう呟きながら両目を瞑ったクリア。
だが、彼女は突然ラスグリーンとロミーを追いかけて、ホワイトファルコン号へと乗り込んだ。
そんなクリアを見てロミーは驚いていたが、ラスグリーンは笑みを浮かべていた。
「来ると思ってたよ、君は」
「そのお顔、本当にそう思ってらしたのでしょうね。ところで誠に申し訳ありませんが、一度私の母の故郷へ行ってもらえないでしょうか?」
どうしてだ? とロミーが訊ねると――。
「子供たちに会っておきたいのです。そして、その後はあなたたちと共にクロエを斬りに参ります」
それからホワイトファルコン号は空へと上がり、物凄い速度で飛び立っていった。
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