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「まな、おい……」
彼の戸惑ったような声が降ってきた。黒いTシャツは脱ぎ捨てられたままだから、凛太郎の肌の質感が直接伝わってくる。ドキドキしながら腕に力を込めると、「おまえ……わざとやってるのかよ」と呆れたようにため息をつかれてしまった。
「その……それって、ドラッグストアとかに売ってるの?」
彼の背中に右頬をくっつけながら訊くと、「バカかよ、なに言ってんだよ」と、わたしより一回り大きな身体が面白いくらいに跳ねる。
「だって、知らないもん。買ったことないし」
「……そういうコーナー、あるだろ。おまえは知らなくていい。俺が買うから」
「ふうん、凛太郎は知ってるんだ」
そうだよね、なんだか手慣れてる様子だったもんね。キスの仕方とか、触れ方とか、順序とか。経験がないのはわたしだけなんだな。そう思うと、胸がちくっと痛む。
「そりゃ……男なんて、そういう話ばっかしてるから」
「まあ、どうでもいいけど。凛太郎が使ったことあってもなくても」
彼の身体からパッと離れると、今度はわたしが背を向ける。胸のちくちくが収まるまで、少しこうしていようかな──そんな思いが頭をよぎった矢先に、背後から盛大なため息が聞こえた。
「おい、勝手に決めるな。使ったことがあるなんて言ってないだろ」
腕を強く掴まれて、そのまま彼の腕の中へ。「じゃあ、ないの?」と尋ねれば、「言いたくない」とそっぽを向かれてしまう。
「ないって思ってても、いいの?」
「うるせえな。……黙れよ、もう」
ふいに顎を掬われて、優しいキスが降ってきた。唇を離したのと同時に目が合って、お互いに笑ってしまう。凛太郎の笑顔を見れたことが嬉しくて、わたしはまた彼に抱きついた。
──もしかして、こういうのがわたしたちらしい、のかな。
いまいち格好がつかなくて、うまくいかなくて。だけど、今まで感じたことのない愛おしさが込み上げてくる。「好き」っていうだけじゃ説明できない、心の奥深くにある気持ち。もっと知りたい。たくさん話をして遊びに出かけて、いろんなことをしたい。──凛太郎と、これからも一緒にいたい。
付き合い始めてからもうすぐ3ヶ月。わたしは初めて、凛太郎に近づけた気がした。
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