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君の造形が美しい
中学生女子にして、176センチ、肩幅は広く、顔つきは、似ている芸能人で言えば、イケメンのゴリラに近い。芸能人か? それは。
そんな、ごり山ごり子のあだ名は、バケモノだった。
なぜ、ゴリラではなくバケモノなのかと言えば、学校一イケメンと言われている、美術部員の活面(いけめん)スギルの描いた、一枚のイラストが事情の始まりであった。
スギルは、とにかく人でも動植物でも、景色でも、美しく描くことが上手な少年だった。それが、例え本人がパッとしない顔でも、その特徴を掴みつつ、且つ本人より少し綺麗に描いてくれる。それが、スギルの画法だった。
そんなスギルの画力に、多くの人々が描いて欲しいと寄ってたかり、スギルは、その画力を誰にでも、もったいぶらずに使ってくれた。
ある日のこと。一人の男子が美術の時間に言った。
「おい、ごり子のことも美しく描けるのかよ」
それは、ごり子と仲の良い女子達は誰も口にしなかった、闇の奥沈んでいたワードだった。
女子は顔を青くし、ごり子はきょとんとしたゴリラの表情でスギルを見た。
「私のこと、描いてくれるの……? 見てみたいな、スギル君の描く私」
ごり子は、キラキラとした瞳でスギルを見つめた。
男子達も盛り上がり、女子達も次第に、スギル君なら、ごり子を美しく描いてくれるのではないかと、期待が膨らんでいった。
スギルは、しばし戸惑っていたが、やがて、無言でごり子を見つめて鉛筆を滑らせた。それから3分弱、絵は完成し、全員に画用紙を見せる。
しかし、その姿はまるで……。
「おい、こんなのゴリラですらねぇじゃねぇか! バケモノじゃねぇか!!」
そう。男子の言う通り、それはまるであまりにも極端すぎる抽象画を、ゴリラで再現したかのようなイラストだった。
それ以来、ごり子は、男子達からごり子ではなく、バケモノと言うあだ名にされてしまったのだ。
ごり子自身はゴリラいじりの延長かくらいにしか思っていなかったが、それ以降、スギルはごり子を避けるようになっていった。
だが、もともとさほど仲が良かったわけでも無い。ごり子は気にせず、バケモノライフを過ごしていた。
・ ・ ・
それから一か月後くらいのこと。もう授業は終わり、ごり子は掃除当番をしていた。掃除も終わり、掃除のメンバーと解散し、教室に一人残ったごり子のもとに、スギルがやって来た。
「ねぇ」
「あら、どうしたの、こんな時間まで」
「この前は、変な絵描いちゃってごめんね」
「何言ってるのよ。ウケたから良いじゃない」
「ウケたって……君、僕のせいでヒドイあだ名になっちゃったじゃないか」
「名前の時点で既にヒドイじゃない」
あまりにさっぱりとしたごり子の返答に、スギルが返す言葉をしばし失い、顔をうつむける。言いたかったことを思い出すと、スギルは首を横に大きく振って顔を上げた。
「今から、本気で君を描くから。そこに座って」
「う、うん。良いわよ」
スギルは、それから15分程、黙々と絵を描き続けた。
そして、完成した絵を、ごり子に見せる。ごり子は目を大きく見開いて、その絵を見た。
美しいのだ。今まで見た誰よりも。ゴリラではなく、美しい一人の少女のイラストだ。
「……目、腐ってるの?」
「違うんだ。僕がいつも描く絵は、その絵の一番美しい部分を強く描いているんだ。特に、その人の性格の良い所を良く見て描くことが多いんだけれど。君は、特に素敵な人なんだ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。男子にいじめられても気にせず、僕が抽象画を描いても怒らず、女子友達も多くて、掃除は人一倍真面目にやるし、勉強もして、運動もしている。何事にも全力な君は、とても美しい。そんな君の……そんな君の、心の造形が、とても美しくて好きなんだ」
「私の心の造形が……」
「そんな君が、他の男子に取られたらって怖くて。思わず抽象画で描いてしまったんだ。僕にはこの美しさは分かるけど、他の人には分からないと思って。本当にごめんなさい」
「良いよ別に」
「ねぇ、頼みがあるんだ」
オレンジの夕陽が、教室内を彩る。スギルは、オレンジ色の日を浴びながら言った。
・ ・ ・
大きくて広い屋敷の真ん中、階段を上った先にある壁に貼ってある、一枚のイラスト。それは、決して上手とは言えない少年を描いたらしきものであった。
「おい、スギル。このらくがきは何だ」
そのイラストを見上げながら、ふくよかな体つきのスギルの父は、スギルに尋ねた。
「これは、僕のとっても大切な美術の師から頂いた、僕のイラストだよ」
「ほう、それにしてはそれほど上手くは感じられないが……まぁ、お前が言うのであれば、これも芸術なのだろう」
スギルの父は、そういうと自分の部屋へと戻って行った。スギルは、ホッと胸を撫で下ろすと、額縁から絵を取り出し、そのイラストの裏側を見つめて微笑んだ。
そこに写ってたのは、スギル、そしてごり子の二人で取った笑顔のプリクラと、ごり子のメールアドレスが手書きで描かれていた。
(了)
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