鹿ノ頭

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しばらくぶりに連休が取れて、一日目は約束通り家族サービスをすることになった。 子供達がサファリパークに行きたいと言うので、車で数時間かけて連れていった。 動物園と違い、サファリパークは動物が車のすぐ近くまでやってくる。 子供たちは身近で見る動物たちに大はしゃぎ。 窓からの餌やりに子供たちは喜び、動物好きな妻も楽しんでいた。 サファリパークから出ると、今度は近くのゴーカート場に立ち寄った。 私、妻と小三の娘、小五の息子で勝負をした。 もちろん私が勝った。 子供たちが不機嫌になり、妻に怒られた。 その後、妻が行きたいと言っていたショッピングモールに寄った。 広大な建物内に数えきれないほどの店が並んでいる。 妻は子供以上に浮かれ、時間を忘れてショッピングを楽しんでいた。 私は子供たちとアイスクリームを食べながら妻の戻りを待った。 そして、妻が両手いっぱいに袋を抱えて戻ってくると、外はすでに日が暮れていた。 さて、帰ろう。 楽しい一日も終わる。 帰りも私が運転をする。 空はすっかり暗くなり、遊び疲れた子供たちは後部座席で寝てしまった。 妻は私に気を遣いながらも、眠いのか何度もあくびをしていた。 「休んでいいよ」 「あなたも疲れているのに私だけ休むなんて出来ない」 と妻は頑張って起きていたが、相当疲れていたのだろう。 妻もいつの間にか寝息をたてていた。 私はカーナビに従いながら、一人孤独に車を走らせた。 周りには店も民家もなく、ただ林と街灯だけが続いている。 最初こそ他の車も何台か走っていたが、次第に減っていった。 人の姿もなく、対向車ともほとんどすれ違わない。 淡々と案内を繰り返すナビの声。 ーしばらく道なりです。 地図を見れば、確かに道はずっと真っ直ぐ続いている。 車は一台も走っていない。 見えるのはただ繰り返される街灯と暗い林だけ。 少し不安になった私は、車のスピードを上げた。 ふと路肩に立つ看板の前を通り過ぎた。 一瞬過ぎて、よく見えなかった。 また少し進んだ先で、同じような看板が見えて来た。 何の看板だろうか。 私は視線を看板に集中させた。 【鹿に注意】 看板にはそう書かれ、鹿のイラストが描かれていた。 鹿なんて出るのか。 そう思いながら視線を前に向けた瞬間、目の前に胴長の四本足をした獣が飛び出してきた。 私は慌ててブレーキを踏んだ。 ドンッ!! 衝撃と鈍い音がした。 「何? どうしたの!!」 急ブレーキに驚いた妻と子供たちが飛び起きた。 跳ねてしまった。 私は妻と子供たちに獣と衝突したことを説明し、危険だから車から出ないように伝えた。 運転席からは、ヘッドライトの明かりの先で倒れている獣の足が見えた。 その足はもがくように動かしていた。 とにかく様子を見ようと、私だけが車の外にでた。 幸いにも、他に車が来る気配はなかった。 横たわる獣の顔はヘッドライトの明かりが届かずよく見えないが、足の蹄と体つきからいってやはり鹿だろうと思った。 路面には赤い血溜まりが広がり、車のバンパーは凹んでいた。 さっきまでもがいていた鹿の足は、もう力なく横たわっていた。 腹は車と接触したせいか、ひどく抉れていた。 殺してしまった……。 こんな事は初めてで、私はショックを受けた。 この後どうしたらいいか分からず、とにかく警察に相談しようとポケットからスマホを取り出し横たわる鹿に近づいた。 近づくにつれ、私は鹿の顔に違和感を覚えた。 いくら明かりが届かないとはいえ、それでも鹿特有の角や耳の輪郭が見えない。 本当に鹿なのか? 私はそう思いながらさらに近づこうとした。 すると、倒れていた鹿は突然足を激しく動かし首を持ち上げた。 鹿の首周りには、切られたような深い傷があった。 そして、ヘッドライトの明かりが、その頭を照らすと私は絶句した。 何故なら、鹿だと思っていたその頭には角もなく、ピンと立つ耳もない。 あるのは長く伸びた黒い髪に青白い肌、曲がった鼻と大きく見開いた目。 それと、真っ赤に染まった唇だった。 鹿の首についていたのは、どう見ても女の頭だった。 そいつは私の事を、恨めしそうな目で睨んだ。 わたしは恐怖で慄いた。 私のことを妻が何度も呼んでいたようだが、私には聞こえなかった。 だが、突然鳴り響いたクラクションに気づくと、そいつは物凄い脚力で再び林の中に消えていった。 振り返ると、妻が助手席からクラクションを鳴らしていた。 私は急いで車に戻った。 「大丈夫? 鹿、生きててよかったね」 妻はそう言った。 妻には見えなかったのだろうか。 それはそれで良かったのかもしれない。 そして、私は怖い思いをさせてしまったかもしれないと、後部座席で座っている子供たちに声をかけようとした。 すると、子供たちは二人揃って窓の向こうの林を指差していた。 「どうした?」 子供たちにそう尋ねると、 「林の中に誰か立ってるよ」 二人は口を揃えてそう言った。 私は言い知れぬ恐怖を感じ、悠長に「どこ?」と真っ暗な林の方を探そうとしている妻を尻目に急いで車を走らせた。 もうそこにはいたくはなかった。 妻は真っ暗で何も見えなかったと言ったが、子供たちは確かに誰か立っていたと言った。 私にはそれを見る勇気はなかったし、あの鹿の事も一刻も早く忘れたかった。 だが、その数日後。 新聞であることを知った。 私が女の顔をした鹿を、子供たちが人影を見たあの林の近くで、女性の変死体が見つかったことを。 私はそれを知ってゾッとした。 被害者の女性は殺害後に首を切り落とされ、代わりに鹿の頭が添えられていた。 そして、その女性の頭は今も見つかっていないという。
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