十三 盗聴

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十三 盗聴

 十一月二十七日、日曜、午後六時すぎ。  与田は家電量販店を出てタクシーを拾い、二十分ほどでホテル・ナガノに着いた。 「しばらく宿泊する。いいかな?」  与田は、滞在延長したい旨をフロントに告げた。 「ええ、お帰りになる日が決った時におっしゃってくださればいいですよ」 「ありがとう。助かるよ」 「封書を預かっています。  与田さんがお帰りになる少し前に、宮塚さんの代理という方が置いてゆきました」  フロントの係員は、今日未明に部屋のドアの下から入れられた封書と同じ物を与田に渡した。 「ありがとう。また、どんな人が封書を置いていったか、監視映像を見たい」 「ええ、そうおっしゃると思い、準備してありますよ」  フロント係員は警備員を呼んだ。  警備管理室で与田は監視映像を見た。監視映像では、男がフロントに現れて係員に封書を渡している。警備員が映像を止めて、封書を係員に渡す男の顔を拡大した。 「この人ですね・・・」  与田は男の顔に覚えがなかった。 「ありがとう。知りあいかと思ったが、そうじゃなかった」 「私、夜もいますから、ホテル内を見まわります」  警備員は阿久津裕の事件を思ってそう言い、与田を安心させたいらしかった。 「ありがとう。気をつけて見まわってください」  与田は警備員に礼を言って警備管理室を出た。  与田は五階の部屋に入ってベッドに腰かけて、封書を開いた。 『任務完了を確認した。戻れ』  と便箋に書いてある。これは宮塚主幹の手紙だ。罠だ・・・。  宮塚主幹にしろ木村内閣情報官にしろ、彼らが差しむけた始末屋は死傷して逮捕された。この文面によれば、銃創を負った寺下巡査と棚橋係長と三好課長補佐の三人の始末屋は全員が死亡したことになる。始末屋は警察の広報担当の発表を鵜呑みにしたか?あるいは、任務完了と言って俺を呼び戻すために、始末屋たちが、銃創を負った寺下巡査と棚橋係長と三好課長補佐の三人を始末したことも考えられる。  始末屋に関する情報は警察内部にのみ存在する。封書を届けたのは、今回の事件を担当していない警察内部の者だ。やはり、宮塚主幹と木村内閣情報官の手下が警察内部にいる。警察内の誰が、始末屋に関する情報を宮塚主幹と木村内閣情報官に流したのか・・・。  与田はいろいろ考えたが、疑いだしたら全ての人物が怪しく思えてきた。    成田主幹と俺が、内調に存在していた全ての証拠を消した。佐枝と芳川が後藤総理や内山総理、幹事長たちの始末に関わった証拠はない。  始末屋は、佐枝と芳川に高速道路で仕事をさせて佐枝と芳川を試した。そして、佐枝と芳川に首相官邸の仕事をさせて、その場で二人に罪を着せて始末する計画だったが失敗した。始末屋は電気店の木村と与党長野県支部前支部長の鐘尾と家族を口封じし、さらに佐枝と芳川の口を封じようとして返り討ちに合った。  阿久津はこれら始末の情報をつかんでいない。パソコンショップの冷蔵庫の裏に銃があったのも知らなかった阿久津だ。始末に関する一連の指示を知っていれば、俺を消すのに銃で撃つだけですむ。昨日未明の望遠レンズ発射装置やナイフで俺を襲うヘマはしない。  俺がパソコンショップで撃った始末屋と、林巡査部長が撃った二人の始末屋が死んだなら、逮捕されたであろう家電量販店の店員が口を割らない限り、始末屋組織の実態は不明になる。内調の下請けの始末屋組織が表沙汰にならないとわかれば、宮塚主幹と木村内閣情報官は、阿久津を除くパソコンショップの始末屋が誰に始末されたか探り、その者を口封じするだろう。  与田は空腹を覚えた。ベッドサイドテーブルの時計は午後七時を示している。長い一日だった。ホテルで朝食を食っただけで、昼飯を食うのも忘れていた・・・。与田はフロントへ電話した。 「与田です。レストランは何時まで営業してる?」 「レストランは、朝八時から夜九時まで営業しています。  九時以降のオーダーはできませんが、十一時まで軽食と飲み物をオーダーできますよ」  フロントの係員の声が途中から少しだけ小さくなった。微妙に雑音が入った。  盗聴か?と思いながら与田は言う。 「今、席はあいているかな?」 「満席に近い状態ですが、席をお取りします」 「迷惑じゃないのか?」  雑音が消えた。音声が元に戻った。盗聴だな・・・。 「いえいえ、とんでもありません。  昨日未明の件、御迷惑をかけているのは当ホテルの方ですから」  フロントの係員は阿久津裕の事件を気にしている。与田はフロントの係員が気になった。 「気にしなくていいよ。そしたら八時にお願いする」 「わかりました」 「ところで、フロントに電子レンジがあるかな?」 「ええ、従業員用のがあります。お使いになりますか?今なら、誰も使っていませんから」 「ずっと未使用なのか?」 「はい、深夜に使うだけですから、今は空いてます」 「これから使わせてくれないか?」 「わかりました。お待ちしています」 「よろしく頼みます」  与田は通話を切ってショルダーバッグから包みを取りだした。盗聴の確認時に利用しようと思っていた、アートクレイシルバーと、外径十二センチ、高さ八センチほどのアートボックスだ。アートクレイシルバーはすでに指輪の形に成型して乾燥させてある。  与田はショルダーバッグを肩にかけて部屋を出た。  フロント係員控え室で、与田は、アートクレイシルバーで指輪を焼成するとフロント係員に説明して承諾を得て、不要になった皿を用意してもらった。 「ほんとうに、銀の指輪ができるんですか?」  フロント係員は半信半疑だ。 「ああ、できるぞ」  与田は、アートボックスの中央にセラミックペーパーを敷いて蓋をし、用意してもらった皿の上にもセラミックペーパーを敷いてその上にアートボックスをのせ、皿ごと電子レンジに入れてタイマーを四分にセットして空焼きした。  空焼きがすんでアートボックスが冷えてから、皿ごとレンジから取りだして、アートボックスの中に、指輪の形に成型したアートクレイシルバーを二個置いて蓋をした。ふたたび、皿ごとアートボックスを電子レンジの中央に置き、タイマーをセットしてアートボックス内部の温度を上昇させた。 「ちょっと電話を借りるよ」 「ええ、どうぞ」  フロント係員は電子レンジを見ている。その間に、与田は都内にある自宅へ電話した。  やはり呼び出し音に雑音が入り、しばらくすると消えた。スマホで自宅へ電話したが結果は同じだった。スマホは最新版だ。電子レンジの電磁波の影響は無いはずだ。盗聴されている・・・。与田は、固定電話からスマホまで、全ての電話回線が盗聴されているのを確信した。
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