ONE THEME×KISS【THEME1:誘う度胸もないくせに】

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fc9fa14a-a51a-4718-b340-c187204a5138  四橋新(よつはしあらた)25歳。身長178センチ、AB型。職業カフェ店長バリスタ。すらりとした長身に、キリリと精悍な顔立ち。同世代の男性と比べて、なかなかのハイスペックだ。  しかしながら欠点がひとつ。この男、好きな相手を前にすると、なかなか手が出せない『拗らせ男子』なのである――。  この日も新は悩んでいた。今日はバレンタイン。長年片想いしてきた相手、幼なじみの蕪木空青(かぶらぎくうせい)に、昨年のクリスマスに告白され二人は今日まで付き合いを重ねてきた。  仕事帰りに空青の部屋に寄り、お手製のフォンダンショコラを渡し、特製ブレンドコーヒーを淹れ、和やかに談笑。そこまではいい。だが、その先が進まない。付き合って二ヶ月が経つというのに、二人は未だにキスも交わしていない状況だ。  本人の名誉のために言っておくが、新は経験がないわけではない。むしろその逆で、空青に片想いをしながらも、身体だけの関係を重ねてきた相手が何人もいる。遊び人というわけではなく、空青になかなか想いを伝えられず、致し方なくそういう関係の相手がいたというだけだ。  だから、晴れて両思いになった今、新は長きに渡る想いを拗らせすぎて、空青に手が出せないという負のループに陥っている。しかも相手は、なにも経験がない。そんな空青を相手に新はなにをどうすればいいのか、キスの簡単な手順ですら頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。 「……くぅ、俺そろそろ帰ろう、かな?」  新の言葉に空青が目を見開く。帰る? ここに来てまだ一時間しか経っていないのに? ネガティブを絵に描いたような性格の空青は、途端に平静をなくし、どもりながら抗議する。 「も、もう!? お、おれ、この間から、おも、思ってたんだけど! 新、俺のこと嫌いになった?」 「え、は?」 「そ、そうだよね……俺なんかオタクで陰キャで引きこもりでキモいし……新は優しいから断れなかっただけで」 「ちょ、ストップストップ! なに言ってんの。嫌いなわけないじゃん」 「……だって……来ても、すぐ帰ろうとするし」 「そ、それは……」  なんともいえない沈黙が二人を包み込む。暗になにもしないことを示され、新はますますどうしていいのかわからなくなっていく。大事にしたいと思う反面で触れたくて堪らない。だが、それをうまく宥めながら、ゆっくりと事を進めていく自信が新にはなかった。一度、触れてしまったら暴走しそうで怖いのだ。 「……新って、そういうとこあるよね」 「そういうとこって?」 「度胸がない」  スパッと言われ、新の胸に槍が突き刺さる。 「くぅは、そういうとこあるよね」 「そういうとこって?」 「いきなり核心突いてくる」  何故か互いに相手の悪いところを言い合う流れとなり、せっかくのバレンタインが重く暗いものに変わっていく。 「結局、告白だって俺からだったし……」 「それは違う。俺はくぅが言うのを待っててあげたんだよ」 「あげたって……言うチャンスなんて、いくらでもあったじゃん。お、俺、知ってるんだよ? 新がずーっと、俺のこと好きだったって」 「それは……くぅもおんなじじゃん」 「そうだけど! だ、だったら、誘う度胸もないくせに、うち来んな! 帰れ!」  涙目でじっとりと睨まれ、新は小さく舌を打った。こんなはずではない。こんなはずではなかった。もっと大事に、丁寧に、ゆっくりと、二人の関係を進展させていくはずだったのだ。 「……くぅ」 「な、なんだよっ。こっち来んな!」  じりじりと膝這いで空青に近付く新。ずりずりと後ずさる空青。まるでホラーである。しかし、もう新はとまらない。壁際まで追い詰められた空青に亡霊のように手を伸ばす。  その手が、空青の顔の横を通りすぎ、壁に押し当てられる。かなり体勢のおかしな壁ドンだったが、新の腕に囲われてしまった空青に、もう逃げ場はなかった。 「あ、あ、新!? ちょ、ちょっと、落ち着こう?」 「ダメだよ。くぅが煽ったんだから」  理性をなくしたというよりは、自尊心に火がついたというほうが正しい。度胸は確かにないかもしれないが、経験は豊富にある。好きだからこそ気持ちが拗れに拗れ、手を出せなくなっていただけの話だ。  新の顔が少しづつ空青に近付き、空青はぎゅっと目を閉じて身を縮こまらせた。怯える空青に無理強いは良くないと、くちびるの1センチ手前で新は正気を取り戻す。しかし、今ここでやめてしまったら、またいくじなしの烙印を押されてしまう。  迷いに迷って新のくちびるが到着した場所は、空青の髪の上だった――。
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