森の深くの愛の在処

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「そうか……もう、終わりにしよう」  俺は手繰り寄せる腕に力を込めていよいよ最後の仕上げをする。  巻き取った糸は既に巨大になり、腕に巻き付いている。  その一端を、俺は口に放り込み、一息に吸い込んでいく。  ツルツルとした食感。噛む事なく飲み込んでいき、あっという間に糸の全ては俺の体に収まる。  糸の全てを出し尽くした化物は、やがて萎んで倒れた。その巨大さにそぐわぬ小さな音を立てて、そして消えた。 「結局あれはなんだったの?」 「あー、説明が面倒くさい」  俺は少女に絡まれていた。森を抜けても付いてくる。 「そういうお前こそ何なんだ。あの化物の事を知っているし、力だって使える」 「私は……そうね、あの化物に詳しい、力も使えるただの美少女よ。気が付いたらあの化物を見守り、街の人を遠ざける役割を背負わされていた。解放されて清々したのだけど、何だかもの悲しくもあるわね……今まで自分を縛り付けていた役割が無くなったからかしら。 と言う訳で、行く当てを失ってしまったから、あなたに付いていきたいの」  強ばる表情。必死に誤魔化そうとしている事くらい、俺にもすぐ分かる。  この少女は既に死んでいる。そして化物に近づきつつある。だがとても人間的だ。  ここに残しても害にはなるまい。だが、負の感情が高まった時、どうにかならないとも限らない。  ……最悪、非常食にでもなるかな。 「分かった、不問とする。付いてきたければ勝手にすればいい」 「……!」  ぱあっと華やぐ少女。 「そしたら、あなたの名前を教えて頂戴。いつまでもあなたじゃ都合が悪いわ」 「あー、何か不都合があるとも思えないけどな」 「いいから。私は……そうね、モモなんてどうかしら」 「烏滸がましい。名前が無いんだったらお前はネリネだ」 「えー、可愛くない」 「やかましい。モモなんざ百年早い」 「……じゃああなたの名前は?」  問われて逡巡する。名前など忘れてしまったし、必要のない生活をしてきた。  改めて名前、と言われても、思いつく事などない。 「ううむ……」 「無いのね……あ、じゃあ私が付けてあげる! 『化喰郎(ばくろう)』でどうかしら。化物を喰う人だから!」 「随分派手な名前だな?」 「別なの考える?」 「……いや、いい。面倒くさい」 「じゃ、決定! 化喰郎、これからよろしくね!」  朗らかな少女の笑顔。うんざりとした俺の顔。  これからどれほどの付き合いになるだろうか。まあ、一つの戯れも良いかもしれない。俺は、苦笑い一つ浮かべて少女に応えた。
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