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「妹の小学校でさ、おまじないが流行ってんだって」
僕のすぐ前の席に固まった女子集団から、そんな声が上がった。
「消しゴムにね、ペンで自分の名前を書いて好きな人の机に入れて、一ヶ月誰にもバレなかったら両想いになれるらしいよ」
えー、なにそれー、ちょっとキモくない、そんなことを口々にがなり立てながら、何が面白いのか女子たちはげらげら笑う。まさに黄色い声、といった感じで、まだ始業前の教室には刺激が強すぎた。うるさい、と彼女たちの最もそばにいる僕は思う。けれどもそんなこと口に出せるわけもないから、僕はうつむいて、窓の陽が射す天板をじっと見ていることしかできなかった。まだ四月なのに、窓際の席は暑い。校庭の砂粒も白っぽく乾いていた。
「かわいいねえ、小学生」
談笑の隙間をぬって、ふと、そんな声がした。面白がるようなその声色に、女子集団からはたちまちに野次が飛ぶ。「こいつ余裕だし!」「彼氏持ちうざっ」とか、それらはもちろん冗談だったけど、発言した女子――樫田さんは、みんなからどつかれてぐらぐらと体を揺らしていた。やめてってばー、とやっぱり笑いながら、僕のひとつ前の席の樫田さんはみんなの手を追い払っていた。
「で、その彼氏、また遅刻じゃん?」
樫田さんの隣に座る氏家さんが、スマホの時刻を確かめて言った。
「え、これで何回目?」
「ちょっとやばくない? 二年始まってまだ三週間経ってないじゃん」
「モーニングコールしてやんなよ彼女~」
女子たちがからかうように騒いでも、樫田さんは苦笑して(彼女は氏家さんの方に体を向けていたので、僕にも顔が見えた)、なんでもないことのように言うのだった。
「てか、しても起きないし」
すでにしてたよ! と氏家さんの声がとどろいたところで、後ろのドアが勢いよく開け放たれた。一瞬、教室の空気が止まる。滑り込んできた男子は、廊下側二列目、前から三番目の席に腰を下ろすと、呼吸を整えるように肩を上下させてから、振り返ってそこにいる男子に話しかけた。
「あっぶねー……」
に、とその男子――村越くんが笑顔を見せると、教室はいっせいに声であふれた。男子も女子も、みんなが村越くんをいじる、はやしたてる。集中砲火をあびる村越くんはしょげたようなふりをして、みんなをさらに笑わせる。そんな村越くんのことを、樫田さんは頬杖をついてそっと見つめていた。喧噪の下で、始業を知らせるチャイムがかすかに聞こえていた。
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