僕が君に恋されるまでのはなし

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 放課後は委員会があって、僕は三年一組の教室にいた。  自分のクラスでない教室は、構造も広さもまったく同じなのに、色合いやにおいが違うから肌になじまず、どことなく落ち着かない。新学期が始まってまだろくに経たないけど、やっぱり自分のクラスは自分のクラスなんだな、とか考えたりしてしまう。でも、僕が心もとない理由は、それだけじゃなかった。  僕の隣には樫田さんがいた。前の席に座った、隣のクラスの女子となにかしゃべっている。時々小さく声を立てて笑ったりしていて、僕の方には一切目を向けない。  評議委員。「僕」という人間の対義語みたいなその役職に選出されてしまった時のことは、この三週間、思い出したくもないのに頭が勝手に再生を続けていた。二年三組が始まって二日目の、五限の出来事。  僕みたいな人間にとって、委員会決めというのはどこか恐ろしい。全員がなにかしらに所属しなければいけない決まりだから逃れるすべがないし、大方の委員会はクラスから男女それぞれひとりずつを出すわけで、もしそれで運悪く僕とは「格」の違う女子と組むことになってしまったら、なんて想像するだけでずんと気が重たくなったりする。相手のげんなりしたような表情がありありと目に浮かぶから。自己主張ができないせいで挙手をしそびれて、最後までなかなか決まらないというのも、小学校時代からずっと変わらない憂鬱な点のひとつだ。  でも、今年は違った。最後どころか最初に決まってしまった。  僕の高校では、クラス委員や学級委員に代わる委員会を「評議委員会」と言い表している。生徒会と各クラスをつなぐパイプ役、という意味らしい。それで、その評議委員を決定するところから委員会決めが始まったわけだけど、女子の方は予想に反してあっさりだった。去年も評議委員を務めていたという樫田さんが、氏家さんをはじめとする女子たちに推されて立候補したのだ。押しつけないでよー、なんてぼやいてはいたけれど、強いて拒むつもりもないようだった。  男子の方は難航した。クラスの代表なんてなるべくなら避けたい仕事だからしょうがない。お前やれよ、なんて言い合いが二、三あったけど、結局は最終手段としてくじびきという方法が取られた。そうして、僕に当たってしまった。  篠塚(しのづか)邦彰(くにあき)くん、と樫田さんが僕の名前を読み上げた直後の教室は、死んだみたいに完全な静寂だった。学校、という環境に放り込まれてから何度も経験してきたその種の静寂に、いまだに慣れない僕は顔を熱くさせて、唇を噛みしめてやっと教卓にのぼった。僕へのいぶかしげな視線、樫田さんへの同情、それらが大風になってこちらに押し寄せてくるようで、僕はチョークを握る自分の右手だけを意識してにらんでいた。はずかしくて、情けなくて、くやしくて、消えてしまいたかった。  樫田さんの進行によって盛り上がった委員会決めの間、僕は黒板に向かっているだけで、本当にただの一度も、クラスメイトの方を振り向けなかった。
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