錯覚

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錯覚

 「ねえねえ、最近また新しいアプリ出たんだよ。面白いから試してみなよ」  昼休みに三人で昼食を取りながら会話をしていると、葉子(ようこ)がはしゃぎながら携帯を取り出した。  三人は高校に入学して同じクラスになり、すぐに意気投合して友達になった。三人とも今時の典型的な女子高生で、趣味が流行に乗ることだったので気が合ったのだ。休み時間や放課後は一緒に過ごし、おいしい食べ物が紹介されれば行列に並び、グッズや人気アイドルの情報共有も行っていた。そんな彼女たちは最近、自分の写真の顔を盛る(●●)ことにハマっていた。   「ほら、これがその写真なんだけど」  葉子は自慢げに携帯を見せつけた。 「ええ! すごい! めっちゃ可愛い!」  さっそく他の二人も葉子に言われるままアプリをダウンロードし、三人で写真を撮り、加工をし始めた。するとこのアプリには、カラコンはもちろんのこと、(あご)(ほほ)は削れるし、体格まで変更できる機能が備わっていることが判明した。  三人は黙々と加工を続けていたが、日南(ひな)圭希(たまき)の携帯を覗き見て声を上げた。 「すごっ、圭希可愛い!」  圭希は少しぽっちゃりしていて、容姿にコンプレックスを持っていた。 「ほんと、めっちゃ綺麗じゃん」  葉子も続いた。 「そ、そんなことないよ。二人の方がもっと可愛いよ」  圭希は照れくさくて謙遜したが、満更でもない心境だった。  家へ帰り、着替えを済ますと圭希はベッドで横になり携帯を開いた。携帯で何をするでもないが、ただ日課として染みついた行動だった。しかし今日は明確な目的があり、すぐさま昼間に入れたアプリを起動した。  今までももちろん写真加工アプリを使ったことはある。しかしそれらは目を大きくしたり、ぼかしたり、あるいはスタンプでデコレーションする程度に留まっていた。今度のは違う。なにより骨格や輪郭を自在にいじれることが圭希には魅力的だった。  圭希がこれほどコンプレックスを持っているのには理由がある。 「ブタ」  圭希が一番傷つく言葉だ。たしかにクラスの男子が陰口を叩いているのを聞いた。それ以来圭希にとって、体型は悩みの種だった。 「圭希可愛い!」  昼間の日南の言葉が反芻(はんすう)される。自分の顔を見るのが好きではなかったが、勇気を出して自撮りしてみた。そして自分の顔を直視してみるが、自分でもまったく可愛いと思えない。思い切って輪郭のボタンを押してみた。すると変幻自在に顔の幅を変えられ、自然な顔立ちが出来上がった。圭希は手が止まらなくり、無我夢中でその他のパーツにも手を加えた。  翌日、二人に加工した写真を見せてみた。 「なにこれ、圭希別人じゃん! ちょー可愛い!」  案の定日南は大げさな声を出した。 「ほんと、全然違うね。こっちの方がいいよ」  葉子も同意を示した。圭希は褒められることにえもいえぬ快感を覚えた。 「でも、私は元のままの圭希でも可愛いと思うけど。これはちょっと盛りすぎなんじゃ……」  日南がやんわりと指摘したが、圭希の耳には入っていない様子だった。  それから数日後、圭希が部屋で携帯を眺めていると、クラスのチャットアプリに通知が入った。開いてみると、委員長が先日行われた体育祭の集合写真を載せていた。 「一人目立ってるね」  圭希が写真を見ていると、唐突に一人の男子が呟いた。初め圭希は何のことか分からなかった。  するとしばらくして別の男子が答えた。 「横綱じゃん」  圭希はその一言で瞬時に察し、頭が真っ白になった。圭希をブタ呼ばわりした男子だった。 「やめなよ伊藤(いとう)。いじめだよそれ」  葉子が発言した。そして個人チャットでも葉子から気遣いの連絡がきた。 「圭希、あんなやつの言うこと気にしちゃダメだよ」  しかし圭希は返信しなかった。 「私はあんなんじゃない。あれは本当の私じゃない」  圭希はブツブツ呟きながら例のアプリを起動し、集合写真に写る自分を修正し始めた。そして、綺麗になった自分を見ると気持ちが安堵していった。  伊藤にからかわれてから圭希は学校へ行かず、引きこもるようになっていた。それから数日後、親友の二人が心配して見舞いに来た。部屋へ通すと挨拶もそこそこに日南が切り出した。 「圭希大丈夫? 休んでるのってあれが原因だよね」 「男子たちも反省してたよ」  圭希はポカンと口を開けた。 「何のこと?」 「ほら、この前のチャットで」  圭希は立ち上がって叫んだ。 「やめてよ! あれはほんとの私じゃないんだから!」  圭希は二人の肩を掴んだ。 「出てってよ! 二度と来ないで!」 「ご、ごめんね圭希」  日南はとっさに謝ったが、圭希は二人を追い出し部屋の鍵を閉めた。そしてアプリを起動すると、次から次へと自分の写真を撮っては加工していった。  それから圭希は自分の顔を見ないで済むように洗面台やお風呂の鏡にはガムテープを張り付け、カーテンは閉め切り、写真が送られてこないように友達からの連絡全てを受信拒否にした。  圭希の母親は娘の奇行に(むせ)び泣いていたが、圭希はこれで醜い偽物の顔を見なくて済むと思うとホッとした気分だった。  こうして数日が過ぎたころ、一通の郵便が届いた。差出人は葉子からだったが、圭希は開けるとヒッと声を上げ、封筒を落とした。そこには今までに三人で撮った写真がたくさん入っていた。  翌日、圭希は制服に着替えて出かけた。ホームルームの終わる少し前に学校へ侵入すると、葉子へ旧校舎へ来てほしいと連絡を入れた。ほとんど使われていない旧校舎の、さらに人気(ひとけ)のないトイレへ葉子を呼び出した。 「圭希、外に出られるようになったの? 写真見て私たちとの思い出を思い出した?」 「ええ。思い出したわ。あんたがあんなアプリ教えなければよかったのよ」  圭希は隠し持っていた包丁で葉子に襲い掛かった。一瞬のうちに葉子は何度も何度もめった刺しにされた。葉子が息絶えたのを確認すると、圭希は葉子の顔の皮を慎重に剥ぎだした。そして洗面台で丁寧に洗い、顔に張り付けて鏡を見た。 「ふふっ、これであたしも永遠に美人だわ」  圭希はしばらく恍惚と鏡を見入っていたが、持って来た帽子を目深に被ると、葉子の荷物も回収し家路についた。  他人(ひと)の皮を顔に張り付けているにもかかわらず、家までの道のりで騒がれることはなかった。しかし家に入ろうとした瞬間、後ろから口をふさがれ、羽交い絞めにされた。 「んっ、ん~」  そのまま引きずられ、圭希は車の中へ引きずり込まれた。
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