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【アマールの地下で土龍たちを見つけて、状況を把握する】
「では、ブライアンさん、先を急ぎましょう!」
「はい!」
ここから先は、昨日下調べしてくれたスノウを先頭に進んだ。その後ろを俺、ブライアンさんの順に斜め下にずーっと降りて歩いていく。ブヨブヨした水のコートを身体にまとっている感じだから、うまく歩けない。転ばないように慎重に10分ほど坂になっている通路を下ると、通路が水平になった。かなり深い場所まで降りたはずだ。
その先に、広大な空間が作られていた。広い円形の空間で天井は5メートルほどはありそう。真ん中に深そうな池がある。池の周囲には、体長3メートルぐらいの土龍たちが数十龍もいた! 黒い身体。首も尻尾も短くて、背中に羽がない。堅そうな皮膚。ズングリとした胴体に大きな前足と巨大な爪。頭にはツノが生えていて大きな口に牙が見えるから、顔つきは龍族なんだけど、身体つきは龍族っぽくないな。
土龍たちはみんな、ワンコが伏せをしているような姿勢で、地面に身体をベッタリつけて動かない。まさか、死んでないよな?
ブライアンさんが近くの土龍に触りながら叫んだ。
「土龍たち! 大丈夫か!」
俺はスノウに状況を確認する。
『スノウ、土龍たちは大丈夫なの?』
『うん……かなり弱っているね。見えない毒を身体の中に取り込んで、大量に魔力に変換しているんだ。魔力も気力も体力も使うはずだよ』
『どうすればいいの?』
『一番足りないのは魔力だね』
『土龍たちは、魔力切れなの?』
『うん。昨日も説明したけどさ、見えない毒を魔力に変換するときは、身体の中の魔力を使うんだ。すると、使った以上の魔力が体外に放出される。見えない毒は無害化されて、龍たちの食料に変化して身体に取り込まれるんだ』
『見えない毒が、食料になるの?』
『うん。見えない毒って、結構美味しいって聞いたことがあるよ。僕は食べたことないから、わからないけど。子供の間は、見えない毒は食べちゃダメって言われているから』
見えない毒は人間には毒なのに、龍族には食料になるんだ。驚いたな。
スノウから見えない毒が龍たちの食料になるという話を聞いて、俺は元の世界の動物園で見たコアラを思い出した。確か、コアラが食べるユーカリの木の葉っぱには毒があって、それを体内で無害化しているって聞いたことがある。毒を無害化するのに体力を使うから、コアラたちは寝てばかりいるらしい。
たぶん、それと同じことが土龍たちに起きているんだろう。土龍たちは見えない毒を無害化するために、疲れて寝ているような状態だな。周りをよく見ると、土龍たちは真ん中にある池を中心にして、放射線状に並んで地面に伏せている。土龍たちは目をつぶっているけど、身体が少し上下に動いているから息をしている。生きているのは間違いない。
ブニュッ。
「うわぁ、何か踏んだ!」
土龍たちを見上げていたから気がつかなかったけど、足元にいたスライムを踏んでしまった。よく見ると部屋の中に数匹、動いている。
『ああ、スライムか。昨日は何百匹もいたんだよ。これでも、だいぶ処分したんだけどね。こいつらは魔力に惹かれて集まっちゃうんだ。見えない毒も効かないみたいだしね』
そう言いながら、スノウはスライムを風魔法でスパッと切って処分していった。弱いな、スライム。
『こいつらが持っている魔力を、土龍たちに補給させることとかできない?』
『そりゃ無理だよ。どうせ持っている魔力も少ないし』
『そうか。やっぱり時間が解決するのを待つしかないのかなぁ』
『う~ん……魔力切れは、休むのが一番の薬だからね~』
せっかくここまで来たのに。何もできないなんて! 土龍たちの様子を伺いながら、その間をフラフラと歩いた。真ん中の池の方向へ近づきそうになった時、スノウから注意された。
『ツバサ、池に近づいちゃダメだ! 見えない毒の塊は、池の中にまだ少し残っている。池の水があっても身体の周りに水をまとっていても、塊からは強烈な毒が飛んでくるから。人間には危険だ』
『わかったよ、スノウ』
ブライアンさんにも真ん中の池には近づかないように伝えた。やっぱり見えない毒の塊は危険なんだな。急がないと! ブライアンさんが俺に聞いてきた。
「ツバサさん、どうしましょうか?」
「うーん、龍たちは魔力切れのような状態らしいです」
「魔力切れ? 大量の魔力を持つ龍たちが? 信じられない! この部屋には、こんなに魔力が充満しているのに」
土龍たちが見えない毒を魔力に変換して放出しているから、この地下空間には魔力が満ちているようだ。俺にはわからないけど。
『スノウ、この部屋に満ちている魔力を土龍たちに与える方法はないの?』
『うーん。空気中の魔力は、時間をかけて色んな物に染み込んでいくんだ。少しずつだけど、魔力は土龍たちにも還元されているんだけどね』
そうか。いったん体外に出た魔力は、すぐには身体に吸収されないのか。
「ブライアンさん、この部屋の中の魔力を土龍たちに与えることは難しそうです」
「ふむ。では、このまま土龍たちが見えない毒を全て魔力に変換し終わるまで待つしかないのか……うん?」
その時、土龍たちの中の一龍がゆっくりと動いた。短い首が持ち上がって、龍族らしい顔が俺たちを見た。
『あら、こんなところに人間が二人? 身体の周りには……水の膜? 一人は確か冒険者ギルドの……ブライアンと言ったかしらねぇ?』
俺とブライアンさんとスノウは、目を覚ました土龍に近づいた。
『こんばんは、土龍さん。大丈夫ですか? 俺たちは皆さんを探しに来たんですよ』
『まぁ! あなた、龍の言葉が上手ねぇ。よくここがわかりましたね。私たちは見えない毒の塊を食べて無害化しているのよ。人間には猛毒だから気をつけて! 美味しいものを食べて寝ているだけって言われても仕方ないけど。フフフ。あらあら……可愛い子龍までいるのね。白龍族かしら?』
『うん、はじめまして。白龍族の子龍、スノウだよ』
『名前……小さいのに、ひょっとして人間と友達になっているの?』
『うん。この人』
スノウがお座りしながら、俺を指さした。
『はじめまして。コルフ村の龍使い、ツバサです』
『コルフ村ね。行ったことはないけど、霊峰フジの麓にある龍使いの村ね。遠くからようこそ』
『俺とスノウは旅の途中なんですけど、サラさんやこちらのブライアンさんから依頼を受けて、土龍の皆さんを探していたんですよ』
『えっ、そうなの? サラには、しばらく居なくなるって伝えたのにね。私はこの付近に住む土龍族の族長を勤めています。エルサード王国の王族とは友達なの。チャコって呼んでね』
『え~と、チャコ。みなさん土龍族がいなくなってから、もう2年も経つんですよ』
『えっ!? う、嘘! そんなに時間が経ったの? まだ一月ぐらいかと思っていたわ。寝ている時間が多かったからかしら? 驚いた。とっても珍しくて巨大な美味しい見えない毒の塊だったから、処理するのに時間がかかっちゃったのね』
そうか。土龍たちにとっては、2年も時間が経過したって実感がないんだな。たぶん、見えない毒の塊を食べて魔力に変換するのに、思った以上に時間が経ってしまったんだろう。
『えっと……土龍の皆さんたちが消えていた2年の間に、エルサード王国はグルサール帝国に併合されました』
『な?』
『な?』
『な、な……なんですってーーー!』
凄まじい龍の咆哮が地下空間に響き渡った。両手で耳を塞いだ。それでも耳が痛い!
『ぐっ……ま、まぁ、落ち着いて下さい。サラ王女は監禁されているようですけど無事です。他の王族の方はわかりませんけど……』
『はぁ、はぁ……だ、ダメね。完全に魔力切れだわ。う、動けないから、とりあえず今の状況を詳しく教えてくれるかしら?』
ブライアンさんが2年前から今までの状況をチャコに説明した。2年前、土龍たちが消えてからすぐにグルサール・エグニード連合軍の攻撃を受けて、エルサード王国の騎士団や冒険者ギルドは抵抗むなしく壊滅。王族は囚われの身となったけど、国民への被害は少ないとのことだった。
『グルサールの奴ら! 見えない毒の塊を使って、私たちを罠に嵌めたわね! ゆ、許せないわ!』
チャコが怒りに震えている。
『罠? どういうことですか?』
『本当にちょっと前のことのようだけど、2年も前なのね……王都アマールの郊外で、仲間が大きな見えない毒の塊を見つけたの。人間の頭ほどの大きさだったわ。こんなに大きな見えない毒の塊は初めて見たわね。そのまま放置したら、沢山の人間たちが死んでしまうから、急いでここを掘って作って、見えない毒の塊を運んだのよ』
『見えない毒の塊は、よく見つかるんですか?』
『いいえ。もう、アマールの近くにはないはずなの。北の山の中なら、まだ残っているかもしれないけど。誰かが……きっとグルサールの奴らが、どこかから持ってきて置いたんだわ!』
『でも、龍族以外には猛毒ですよね? どうやって運んだんでしょうか?』
『それは、わからないわね。でも、龍族の習性を知っている者が指示したのは間違いないわ!』
『龍族の……習性?』
『ええ。あんなに大きな見えない毒の塊を見れば、当然……食べたくなるわ』
『食べたく……なるんだ……』
『ええ。見えない毒の塊は龍族以外にとっては猛毒だけどね。だから龍族が見えない毒を食べて、魔力に変えているのよ。龍族の定めのようなものね』
『龍族の定め……か』
『龍族にとっては美味しい食料なのよ。とっても多くの魔力を使ってしまうけど、その分、味は申し分なし。とっても美味しかったわ。まだ少し残っているから、ツバサやブライアンは注意してね』
『そういうことか。見えない毒の塊を見ると、龍族は食べたくなっちゃうんだ。でも、スノウは子龍だから違うんだよね?』
『僕は違うよ。人間だって……そうだなぁ……例えば、お酒は飲み慣れないと飲みたいって思わないでしょ?』
『あー、確かに。見えない毒を味わったことがない龍族は、そんなに食べたいって思わないのか』
『そうね。私たち土龍族は、土の中を掘るのが好きでしょ? 見えない毒の塊は、土の中から見つかることが多いのよ。土龍族は、他の龍族よりも見えない毒好きが多いわね』
『ということは……グルサール帝国には、土龍族の習性に詳しい人がいるんだね。アラゴニアの人たちだったら、土龍族について知らないことの方が多いから』
『どうやらそのようね。まぁ、いいわ。とにかく、早く私たちを罠に嵌めたグルサールの奴らには、痛い目を見せてあげなきゃ!』
そう言って、チャコは立ち上がろうとした。でも、地面に崩れ落ちた。
『うわ、大丈夫?』
『う~ん……ダメね。完全に魔力切れ。まだ身体の中に見えない毒の塊が、消化されないで残っているわ。魔力がどんどん抜けていく感じよ。たぶん、他の仲間たちも同じ。まだしばらくは動けないでしょうね』
何か俺たちにできることはないだろうか? 見えない毒の影響があるから、あまり長い時間、ここにいることはできない。
やっぱり、待つしかないのか?
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