本当に怖いのは……

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 二日後、名古屋の友人たちが帰る前日に再び、あのいわくつきの部屋に泊まることになった。  さすがに彼女のほうはこの部屋に泊まることを渋っていたそうだが、この部屋以外であれば、泊まるところなんて公園のベンチか橋の下しかないということで、それならまだこの部屋のほうがいくらかマシだろうということで無理やりに納得してもらったそうだ。もう少し言い方を考えてもらいたいものだ。  三人して再び怯えた夜(俺にとってはあの日以来毎日が怯えた夜だった)を過ごすことになったが、結局その日は何も起きなかった。幸いといえば幸いだった。  平和な朝を迎えて気持ちのよい目覚め。なんだか久しぶりに感じた充実感だった。  そして別れの時。  彼らは俺に駅のホームまで見送りに来てほしいと頼んできた。ドラマのラストシーンじゃあるまいし、それに面倒くさいとも思ったが、またしばらく会えなくなるのであればそれも仕方ないと思い、それを了承した。  ホームに彼らを元いた場所に帰すための電車がやってくる。開いた乗降口に彼らが乗ると、トゥルルルルと電車が動きだす合図が聞こえた。お互いにどう声をかけていいやらわからず、ただ黙ったままだったが、案外こういった別れ方も悪くないと思った。  そしてドアが閉まる直前、ずっと沈黙を保っていた友人がそっと口を開いた。 「ずっと言おうかどうか迷っていたんだけど、やっぱり言う事にするわ。お前の部屋の窓あるだろ? あそこからいくつもの白い手が伸びてきて、お前をどこかへと引きずり込もうとしていたから気をつけたほうがいいぞ」  そう言ってプシューと、電車のドアが閉まった。  お、おい、今なんて言った!?  走り出す電車に思わず駆け出す。側から見れば友人との別れを惜しむ感動の場面にも見えなくもないが、生憎と俺はそれどころじゃない。事の真相を正さないと俺の安眠が……。  だが、無常にも二人を乗せた電車は次第にスピードを上げて見る見るうちに遠ざかっていった。  駅のホームでは呆然とした顔をしていた俺だけが取り残された。  小さくなっていく電車を見つめながら俺は思った。  本当に怖いのは幽霊なんかじゃない。それよりも事実だけを残して去っていく友人なのだと。
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