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「でも、あの交番のお巡りさんは、ボクが目の前にいるのに気が付きませんでしたよ? それなのにどうして、ボクのところまでたどり着いたんですか?」  仁美は両手の指を絡ませて肘をつき、その手の甲に顎を乗せる。 「あなたの尻尾を掴んだのは、確かにあの交番だけど、警官が似顔絵に気づいたわけではないわ」 「じゃあ、どうしてーー」 「きっかけはたしかに、あなたの交番でのイタズラよ。指名手配の似顔絵を見ての通報なんか、そう頻繁にあるもんじゃない。それが月に何度も、しかも一つの交番にあるのは、よっぽど暇人の悪戯か、よっぽど自己顕示欲の強い犯人からの挑発か。何にせよ、一寸妙だと思って、直接交番に行ってみて解ったんだけど、通報があったのは、全部あなたの似顔絵の周りに貼られているものだった。決定的な証拠になったのは、あなたがデタラメな署名をしたときに使った、交番に備え付けのボールペンの指紋。まさかとは思ったけど、ボールペンの指紋を照合したら、ヒットしたのよ」 「じゃあ、似顔絵がきっかけで、誰かに気づいてもらえたんじゃなかったんですか――」 「ええ、残念だけど。交番の警官は誰もあなたの顔なんか覚えていなかった。唯一覚えてたのは、交番の防犯カメラだけね」 「誰もボクのことを覚えていなかったんだとしたら、じゃあ、ボクの似顔絵はどうやって作ったのですか? ボクの知っている人ですか?」  仁美は振り返って古河愛子を見やる。頬杖をついて、宗太を見つめていた愛子が、初めて口を開いた。 「あなたの顔を正確に覚えている人間は、この世に二人しかいない。事件が起きてあなたが逃走するまでずっと、生まれたときからあなたのことを見てた二人――でも、そのうちの一人は、あなたが殺したけれど」  ああ――と宗太がつぶやく。 「あなたのことを、ただ一人、忘れられない人と一緒に作ったのよ、あの似顔絵は。だから、目撃情報を募るための似顔絵じゃないの。あなたを覚えている人がこの世にいるってことを、あなたに知らせるための似顔絵だったの。逃走生活を終わりにしてほしいっていう、お母さんの願いをこめた似顔絵なのよ」                  (了)
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