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 ボクは昔から、《平凡でどこにでもある顔》と言われてきた。  でも人の顔は、よく見れば一人一人全然違うのだから、何をもって《平凡な顔》というのかは未だに解らないのだけれど、確かにボクは今まで顔を覚えてもらった経験が皆無だった。  でもある日、ボクは、ボクにそっくりな似顔絵を見つけた。  その似顔絵は、交番の中の掲示板に貼ってある指名手配犯の似顔絵だった。  自分でもビックリするほどそっくりな似顔絵だった。ボクはちょっと嬉しくなって、交番の中に入っていった。  中にいたのはしかめ面して頬杖をついた、白髪交じりの警察官だった。彼はギョロリとボクを睨みつけたけど、ボクが似顔絵とそっくりだとは気が付かなかったみたいだった。 「何か用か?」と低い声で尋ねてきた警官に、ボクはちょっと困った。そっくりな似顔絵を見て思わず入ってしまったけれど、さすがに、《その似顔絵がボクとそっくりだったんで》なんて言えない。でも、この鈍感そうな警官をからかってみたくなっていたボクは、面白いことを思いついた。 「あの似顔絵――」 ボクは、ボクにそっくりな似顔絵の隣にある、別の似顔絵を指さした。 「よく似た顔を、見た気がするんです」  警察官はぐるりと首を回し、ボクが指さした指名手配の似顔絵に目をやった。首を回したとき、絶対、ボクとそっくりな似顔絵も視界に入ったはずなのに、警察官は何も言わなかった。そうしてボクに向き直り、またギョロリとボクを睨んだ。そこからは質問攻めだった。 「どこで見た?」「いつ見た?」「そいつは一人だったのか?」「見たとき、きみはどこにいた?」云々。  ボクは全てデタラメを答え、警官が作ったそのデタラメばかりの調書にデタラメの署名をし、交番を出た。時間にしておよそ三十分は相対していたけれど、初老の警官はついに、似顔絵そっくりなボクに気付いた様子はなかった。  ボクは愉快だった半面、ちょっと淋しくもあった。「きみ、似顔絵とそっくりじゃないか?」と言われるんじゃないかと、一寸ドキドキしていたのに、やっぱりボクの顔は印象に残らないみたいだ。
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