21.式

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 その日は夫になったばかりのグラタスに家まで送られて、ミラは長かった一日を終えた。  なごり惜しげな様子ながらも濃厚な別れのキスだけ交わし、グラタスは大人しく帰って行った。ミラは久しぶりに自室でぐっすりと眠ることができた。  次の日、ミラは術に必要な道具や薬を準備した。前回の時と同様に、本に書かれた手順通りに薬湯につかって身を清める。すべての用意を終えた後、星が光り始める頃に再び館を訪れた。  魔女の黒いローブをはおり、館の裏口に向かいながらミラは小さく肩をすくめた。婚姻の儀式はすませたものの、まだこの村の人達に正式に披露をしていない。これでは賊をおびきよせるのに流したうわさを笑えない。  祈りの館はレンガ造りのしっかりとした建物で、道に面した表には拝礼所と集会場所がある。裏は師教が住むための居住用のスペースになっていて、裏口がある台所といくつかの部屋で成り立っていた。家族で住むことを前提に作られている館なので、グラタス一人で使うには少し広すぎるようだった。  裏口で出迎えたグラタスは、いつもの式服の上着を脱いで白いシャツのそでをまくっていた。師教としての姿と違い、家の中のことをしていたようでめずらしく生活感がある。  秘密を探る気分になってミラは少しだけわくわくした。部屋をつないだ廊下を渡り、彼が寝起きする私室へ向かう。 「まだここに来たばかりなので、必要な部屋しか使っていません。あなたの準備ができ次第、自由に使ってくださって結構です」  そうグラタスに告げられて、あ、とミラは声を上げた。やっと気がついたのだが、彼の家族になった自分もここで一緒に暮らすのだ。 「そう言えば、私もここに住むのね」 「今さら何を言ってるんですか。ちゃんと自覚を持ってください、私達は神の御前で永遠の愛を誓ったんですよ? ……ここが私の寝室です」  厚みのある一枚板のドアが静かに開かれる。  彼の私室は本の匂いと、ベッセラ邸で上着を借りた際、意識した彼の匂いがした。決してせまくはないのだが、大量の本がつまった木箱がすみに積まれているせいで、妙に圧迫感がある。  寝台の横に置かれた机の上にも本が重ねられ、あいだに挟まれた簡素なランプが火事の原因になりそうだ。ほこり一つない雰囲気の拝礼所とは異なって、どこか雑然とした印象だった。 「普段は拝礼所の方にいますし、寝るときにしか使わないので……。魔道陣が描けますか?」  グラタスは少し困った顔で言い訳をするように続けた。強引に場所をあけたらしい床に笑いがこぼれてしまう。  道具袋を取り出しながらミラはくすくす笑って告げた。 「とりあえず描いてみます。グラタス、そこにいると邪魔だから寝台の上に乗っていて」
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