02. 訪問

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02. 訪問

平穏な日々を打ち破ったのは、インターフォンの音だった。 週末、私は、愛猫ビリィを膝に乗せながら、のんびりワイドショーを鑑賞しつつ、お気に入りのアラビカ・エスプレッソの味を楽しんでいた。 そしてインターフォンが鳴った。その後の私の運命を象徴するように、ワイドショーはフリスク1億円事件でもちきりだった。 私はのっそりと炬燵出て玄関まで歩いていき、ドアに付けられた覗き穴越しに訪問者を観察した。魚眼レンズにより歪められた視界の影響を差し引いても、その男の形相は不吉としか形容しようがなかった。 ピン、ポン。 再びインターフォンが鳴った。 「ピン」と「ポン」の間には数秒の「間」があった。 その「間」には、こんな気持ちが込められていた。 <居留守を使っても無駄だ。中にいることはわかっているぞ> 仕方なく私はドアを開けた。無論、チェーンロックはかけたままだ。男が武装でもしていない限り侵入は不可能だ。それに、万が一武装しているのであれば、こんな薄いドアは、何の役にも立たない。 「何か御用でしょうか?」 私は聞いた。 「わたくし、こういう者です」 男はドアの隙間から、実に器用に名刺を差し出した。 名刺には、こんなふうに書かれていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー マルチメディア・エグゼクティブ=クリエイティビティ・プロデューサ 坂崎 康夫 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私が名刺を受け取ると、男は話し始めた。 どうやら男は、TV番組の制作者らしかった。どこかで私がフリスクを大量保有していることを突き止めたらしい。 「このチャンスに賭けています」と男は言った。 話している間、男はギラギラした視線をずっと我が家に注いでいた。 額には汗が浮かんでおり、大きく開けられた口からは何度も唾が飛んだ。 「お断りだ」私はドアを固く閉ざした。 その後、何度かインターフォンの音が繰り返されたが、全て無視した。 男は長々と恨み言を吐いた後、ドアを蹴飛ばし、去っていった。
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