赤の輪郭

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 彼は私の言葉に不機嫌そうに鼻を鳴らし、箱の(ふた)を開けた。その瞬間にあの人の香りが円状に広がる。香ばしく芳潤(ほうじゅん)でいて軽快にステップでも踏みながら、そこら一帯に(ほとばし)る。そうして私の心も(おど)らせるのだ。 「ったく、こんなもん忘れてくとは、金持ちの厭味(いやみ)か?」  そう言いながら彼は箱の中の煙草を一本掴み、分厚く半開きの口に押し当ててマッチを灯した。その姿が一瞬だけあの人と重なった。だが、その似ても似つかない背格好は私を現実へと引き戻す。太い指に挟まった楕円の煙草がさらに潰され、汽車のように鼻と口から煙を出し、猫背で立てた片足に肘を乗せて吸う。その姿からも彼は断じて矢野欣二ではない。 「よくのこのこと来られたもんだ」  そう言って吹かす煙草の先はもう短くなっていた。 「今日も見舞い金を戴きました……」  彼は突っ張った皮膚をほぐすように顔全体を大きく動かしながら、煙草を灰皿に押しつけた。 「金でこの顔がどうにかなるものか」  小声でそう話して、二十貫を越す彼の背中が丸まった。ふと見ると壁際のストーブは燃えるものもなくなって、その外観と等しく黒く佇むだけだった。 「ああ。今、(まき)を入れますね」  玄関近くの、積まれた薪の一束を持ち上げようとしたが、その重さは米俵以上だった。仕方なく、その束から数本を抜き取ろうと試みたが、よほど縄がきつく縛られているのか、抜けそうにもない。 「どら、俺がやろう」  振り向くとすぐ後ろに武久が立っていた。 「分けるのが面倒で、いっぺんに巻いたんだ」  そう言いながら彼は積み上がった薪の束一つを下に置き、力任せに縄を引っ張る。 「一本取りゃ、抜けるさ」  左手は縄を掴み、束に左足を掛け、右手で薪の一本を捻りながら後ろに体重を掛ける。じっと(しばら)く力を込めていると縄が切れたのか、(つか)んでいた薪が急に抜けた。
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