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マスクでくぐもる私の呟きに、
美咲がじろりと横目を向ける。
「カッコいいと思う。惚れる。
これは当然の流れでしょう?」
「惚れる必要はないと思う」
志望校の赤本から眼を動かさず、私は応える。
名前も、性格もわからない人を好きになるとか。
私には、天地が引っくり返っても考えられない。
たとえば、あのバランスの良い立ち姿がいつも手にしているスマホ。
イヤホンを使って何か動画を見ているようだけど、あれが美咲の何より苦手なゾンビものでも同じことを言えるだろうか。
服装は大学生っぽいけれど、もしかするとあの容姿を活かしたチャラい仕事をする人かもしれない。
あの人が降りていく、私達より二つ手前の駅の周囲には繁華街と飲み屋街が広がっていて、
時には昼間でも酔っぱらいに遭遇するらしいけれど、美咲は大学への乗り換えで降りているのだと信じて疑わない。
わからない部分を、想像で補って恋をするとか。
私ならそんなことはしない。
何度も話して、相手の性格や価値観や、
もちろん名前も把握して、
好きになっていい相手かを判断する。
「真菜ってば。
恋は理詰めじゃなくて、落ちるものでしょ」
「受験生が落ちるとか言うな」
参考書と青年の双方を視界に入れて、
美咲はうっとりと笑っていた。
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