禁句

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あの横顔がたまらない、というのが美咲(みさき)の言い分で、なるほどその人の容姿は端正だった。 すっ、と通った鼻筋、 涼しげに伏せられた二重の目元。 いかにも天然の跳ね方をした茶髪に、 長身を際立たせる細すぎない痩身。 でも、話したこともない人に惚れる、とか。 「ありえないし。絶対」 「真菜(まな)、頭かたい。 惚れるのは自由、受験生の潤いよ」 ピンクの付箋が並ぶ参考書から眼だけを出して、 美咲は実に上手くその姿を盗み見る。 私を挟んで、右斜め前。 7時15分発の京急線は冬の冷気を鈍らせて、 満員の中に今朝もその青年を立たせている。 潤いというより、吊り橋効果じゃないの。 膝上の鞄を引き寄せながら、 私はこっそり眉を寄せる。 一年間の受験勉強が、 実を結ぶかどうかのこの時期。 並んで座ってもほとんど喋らず、互いに参考書を読み込むのが当たり前になった電車内。 おまけに年が明けてからは、 連日マスクと消毒三昧(ざんまい)だ。 美咲はきっと、 自分で思う以上に不安や緊張を募らせていて、 見つけたイケメンに心の癒しを求めたのだ。 その点は、 潤いと言う以上本人も自覚しているはず。 「…で、それがなんで恋なの?」
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