1話 目覚め

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1話 目覚め

 "目を覚まして"  女の声がする。  優しく包み込むような声に脳みそが撫でられるような快感を覚える。  これだ。これに俺は何度もやられてきた。  "あなたを必要とする人がいます"  "世界を救ってください"  どこか聞き慣れたような、でも懐かしい言葉が頭を駆け巡る。  俺を必要としてくれる人がいる。  助けを求められている。  それは嬉しいことだ。  普通の人は、必要とされることなんて珍しい。  それに応えてあげることが俺自身にとっても幸せなことなんだろう。  ――そう思っていた。七回目までは。  松明に照らされた辛気臭い地下室の底にいた。  目を開けると、吹き抜けの天井から覗き込む女や男がいた。  封印の祠にいるようだ。  いつも通りだな……。  天井付近から身を乗り出して覗く女が声の主だ。  周辺には取り巻きの神官もいて、そいつらが俺の目覚めを確認すると、どよめきの声を上げた。 「剣の勇者よ。世界が危機に陥っています。世界を救ってください」 「…………」  俺は無言で女を見返した。  女は清廉な白装束を着ている。  人間兵器を覚醒させる役目を担う"巫女"だ。  今、目覚めの儀式を終え、俺を叩き起こしたところだろう。 「突然のことで混乱していることでしょう。あなたはきっと記憶もなく、すべて覚えていないでしょうから。まずは事情を説明するために、王室へご案内しま――」 「覚えてる」 「……え?」  巫女は耳を疑って、とぼけた顔を浮かべた。 「なんですか?」 「とぼけるなよ。覚えてるんだよ、俺は。前回も前々回の覚醒も」 「え、うそ……?」  七回目から記憶を保持する方法を見つけた。  八回目では、七回目を覚えていることを検証した。  そして八回目までは大人しく魔王を倒して、世界を救った。  だが役目を終えると、俺はいつも封印の儀で記憶を消され、次の魔王討伐まで眠りにつかされる。  剣の勇者なんて、体のいい俗称だ。  正式名は『人間兵器一号』。  コードネームは、"ソード"。  俺は人間に都合のいい道具なんだ。  魔王の脅威が去ったらその時代では用済み。  人間の手に負えない存在がずっと居座っていたら怖ろしいからな。  ミイラ取りがミイラに、ってこういう事だろう。  魔王を倒す力を持つ俺は魔王と同じ存在なんだ。  あいつらが俺を"人間兵器"と呼ぶのは、支配下に置くための奴らなりの抵抗だった。ひどいもんだ。  自由を求めた俺はずっとこの機を待っていた。  利用され続けるのはまっぴら御免だからな。 「お、覚えているのでしたら話が……あ、いえ、えーっと……」  巫女は後ろの神官から差し出された本を慌てて捲っている。  マニュアルか。そんなものに書いてあるもんか。  覚醒直後に、この展開は初めてだからな。 「巫女様、ここは今一度、封印の儀を施しましょう。今の一号には不具合があります。制御できなくなる前に眠らせた方が安全です」 「で、ですが……」 「前回の目覚めからまだ五十年しか経っておりません。力の蓄えも十分ではないでしょうから、彼なしでも問題ありますまい」 「そうね。わかったわ」  ひそひそ喋ってるようだが、丸聞こえだっての。  巫女は神官から差し出された【封印の聖典】を取り、両腕いっぱいに広げた。 「――させねぇ」  俺は巫女の袖を剣に変え(・・・・)、聖典を突き破った。  勢い余って、巫女の手のひらを突き刺した。 「きゃああ!?」  巫女の血が吹き出る。聖典が赤く染まった。  これが俺の持つ能力。【抜刃】  どんな物質も鋭利なモノへ変化させる。  凶器は刃だったり針だったり、殺傷力あるものなら何でも。  いつもなら、この力に気づくのは目覚めからもっと後だから、この封印の祠で使うのはこれが初めてだ。  巫女が聖典を落としたのを確認して、俺は祠の底から天井までの足場を持ち前の【抜刃】で造り、階段のように駆け上がった。 「なっ……」  神官が俺の登場にびびって仰け反った。  その隙に神官が持つ【覚醒の杖】を奪う。この杖が鍵だ。  封印された七人の勇者を呼び起こす道具。 「き、貴様、どうして記憶が――」 「っべー」  あっかんべーしながら左手の平を見せた。 「それは【アガスティア・ボルガ】!?」 「ご名答」  俺の左手には紐で括りつけた球体のオブジェクト。  【アガスティア・ボルガ】は俗に云う"セーブポイント"だ。  対象の過去の記憶を保存する魔道具である。  これがあれば、記憶そのものをコピーして保管できる。記憶を消されても、そこから再生して元通りというわけだ。  俺のような人間兵器にぴったりの魔道具だった。 「そんなものをいつの間に……!」 「アンタの生まれる二百年以上前からだよ」  俺は神官を突き飛ばし、他の取巻きの脇を抜け、祠を脱した――。  脱することができたんだ。  自由だ。俺はついに自由を手に入れた。
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