01◆10月-1・再会①

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01◆10月-1・再会①

10月上旬。 山岳地帯に近いここラベリーズは日中でも寒さを体感する時期を迎え、老若男女すっかり秋冬の装い。 色づき始めた紅葉に街は彩られ、一日ごとに季節の移ろいを深めていた。 【シエラ、21歳、女。職業は探偵事務所の事務兼探偵助手。性格は無口だが短気。恋人、有。遠距離恋愛中】 2ヶ月前の8月、以前勤めていた探偵事務所に現れた女。 この事務所にはもったいない美人だと噂が広まり、個人データがインターネットに画像付きで拡散されていた。 現状を認識し、多少は困惑しつつも本人は平常心。そんなシエラの平日午後8時。 知名度の低さゆえか他に理由があるのか、人手不足なこの事務所。 先輩たちの助手のほか事務や受付も兼任する彼女は残業のためオフィスに残っていた。 依頼は少ないが、どうしてか所内での仕事だけは忙しい職場なのだ。 本日の業績、依頼数2件。シエラへの交際申し込み数5件。 成績表を手にした40代のまだ若い所長は、天を仰ぎ本気で口にする。 「シエラを売り出してモデルマネジメントを始めようか」と。 ハラスメントレベルの発言に、当事者はパソコン画面から視線を外して律儀にも『お断り』の笑顔を返す。 この微笑ましい流れはいまや日課であった。 「シエラっ!」 終業時間だというのに突然の部外者の声。 同時に出入口の黒いドアが音高く開く。名前の主は笑顔を崩し動作を止めた。 歩道に面した出入口からの覚えある声。車の走行音に紛れ、でもはっきり聞こえた懐かしい声。 ゆっくりと振り向いた視線の先に長身の男が佇んでいた。瞳の色は、青。 「ケイ!どうして!?」 立ち上がって叫ぶシエラは驚きを隠せない。先日メールや電話を交わしたときは来訪の言葉など一言もなかったのに。 「会いたかったよー!」 人目もはばからずケイはその腕でカウンター越しに女を抱きしめた。 所長以下所員一同は唖然として若い男女のやりとりを見つめる。 この男が遠距離恋愛中の噂の恋人なのか?と誰もが思った。 シエラはすぐにケイを引き離した。 「待って、いま仕事中なの。もう少しだから近くで待ってて」 たしなめられた人物はめざとく奥に客用ソファを見つけた。ズカズカ入り込んで腰を下ろす。 「ここで待ってるね!」 遠慮のない図々しい態度は健在だ。室内をキョロキョロ見回し「狭い」だの「シエラには不似合いだ」などと声高に言い放つ。 彼の性格を知るシエラは残業と並行して苦笑するも、同僚たちはあまりの悪口雑言に今度は呆然となった。 後にこの男がシエラの恋人ではないと知った際には皆が心底ホッとし、フロア内は大人げのない拍手に包まれたのであった。
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