1/2
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

 さとみから電話がかかってきたのは、終業時刻を少し過ぎた時間だった。 「あっ」 一瞬動揺した私だったが、取引先に対するように、よそ行きの声で返事する。 「はい、和光商事第1営業部、柴田です」 「お先に」 隣の席の(もえ)が、不審そうな顔で私に声をかけて席を立った。   『……あの……。私、布川(ふかわ)ですけど、わかります?』  もちろん。この『甘えた』な独特のしゃべり方。大翔(ひろと)さんの前の彼女やん、って。 「ああ……。こんにちは。で、どういうご用件でしょう?」  私は小声で答えた。営業時間を過ぎているとはいえ、部署の人の大半は残業しているし、外回りの営業担当も、まだ全員帰社していない。 『すみません、まだお仕事中でしたかしら。実は、今日これからお会いできへんかなあって……』  何がつらくて彼氏の元カノに会わなアカンねん。 「ごめんなさい、今日は」 『そんな長い時間やないんですけど。さっさと、お話済ませますから』  仕方がない。はっきり言お。 「すみませんけど、ほんまに何のご用でしょう? 会うて(おうて)まで……」 『ねえ、大翔さんに関係ある話やし、少しだけ会うてくれへん?』  受話器を通して、粘りつくような声が私の耳に張り付く。  結局、布川さとみと会うことにした私は、パソコンを閉じて帰りの挨拶をする。 「お先に失礼します」  残って仕事している人は、パソコン画面を注視したまま、「お疲れ」「お疲れ様」と、口々に答えてくれた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!