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--なにこれ。気持ち悪い。
そんな言葉と共に一枚の写真がSNSにアップロードされた。
それは女子高生が二人、カフェで顔を寄せ合って写真を取ったもの。制服は違うので別の高校に通う友人なのだろう。
「四宮くん、どうかしたんですか? ずっと黙り込んだままですけど」
ファミレスの一席。向かいに座る女子校の制服を来た赤葦里海が、興味を示してくる。
毎週、土曜の午後三時。いつもこの場で彼女と会う。こちらは仕事のつもりだからスーツだが、彼女もいつも制服だった。
俺は向かいの席に向けてスマホを置く。どうしたという問いに、見ていたもの示す。それで状況は伝わるだろう、とそういうことだ。
画面を覗き込んだ里海が、冷たい半目をこちらに向けてくる。
「お巡りさん、この人です!」
里海がこちらを指差してくる。休職中の身だが、現職の刑事を捕まえてお巡りさんを呼ぶとはどういう了見なのか。
「刑事さんだろうと、罪を犯せば捕まるのが普通です。難しい顔をして何かと思えば、女子高生の写真眺めてるなんて」
非難めいた言動はスルーして写真に視線を逃がすと、里海が気づいた声を上げる。
「もしかして本当に女子高生好きなんですか? 私、実は今、結構なピンチなのでしょうか?」
「仮にそうだとしても、それを公言する大人は居ないんだよなあ」
いつも通りの的外れな嫌疑を軽く流して、問い返す。
「この写真のどこに気持ち悪い箇所がある?」
「仲良しな二人に見えます。気持ち悪いと言うなら、二人が上っ面だけ仲良くしてる所です」
「それでこのコメントを一緒に残すのは明らかに悪手だ。覆ってた仮面、叩きつける勢いで投げてるぞ」
そういうことをする人物ではない。だから人に言えないような内容ではない。むしろ人に共有したい、そういう思いからの投稿のはずだ。
親指をなぞるように下唇に当てて、いつものように思考する。
「何の話です?」
向かいからではなく、横から声がかけられる。聞き覚えのある声。最近になっては特にだ。
「優希さん」
パーカーにジーンズと、飾り気のないラフな服装の彼女が手をひらひらと振りながら挨拶をしてくる。
「どもども、 荒太《あらた》さん。また会いましたね。隣、お邪魔します。赤葦さん」
向かいで里海が席を空けるように壁際に寄る。背中のリュックを下ろしながら、開けられたスペースに何気ない様子で優希さんが腰掛けた。
ドリンクバーから取ってきた冷たいお茶をすすりながら、優希さんがこちらを伺い見る。
「偶然じゃないだろ。三週連続って。先輩に見張るように言われたのか?」
職場の先輩、相田力の妹。先輩の家にお邪魔した時に顔を合わせた程度だが、こんな場所で声を掛けられるとは思っていなかった人物だ。
歓迎しない訳ではないが、無用な心配をされていると感じてしまう。冷たい声になったことは済まなく思うが、訂正はしない。
「初日は本当に偶然だったんですよ。家で話したら兄は、休職の意味わかってるのか、とそんな感じで。見張り的なお役目を仰せつかっている訳です。兄は妹使いが荒いと思います。今度言っておいてください」
応じながらこっちの物言いなど気にした様子もなく、興味深そうにテーブルの上のスマホを覗き込んでいる。
「まあ、兄の言うことなんていつも真面目に聞いてませんが。来たくて来てるんですよ、言わせんな恥ずかしい。とまあ、そんな所でひとつよろしくです」
快活に笑う優希さんに、隣で里海もくすりと笑みを浮かべた。
「いつもこの写真ですね」
先々週、先週は挨拶もそこそこに俺と里海の話を聞いて様子を伺っている風だった優希さんが、今日は珍しくこちらに絡んでくる。
「好きなんです? 女子高生?」
「なんで二人して同じ事を言うんだ。俺はそんな人間に見えるのか」
「見えると思います。二人も女子高生を侍らせているんですから」
里海が隣と自分を交互に指さして言って笑う。
一方で、優希さんは真面目な顔をしていた。
「別にそう見えてもいいと思うんですよ。大事なことなら、形振り構うことはないです。だから、ずっと見てるんですよね、その写真」
やけに凪いだ声に、里海が隣で驚いた顔でこちらを見てくる。
「……優希さんは、この投稿に違和感とか感じない?」
優希さんが写真とコメントの間に視線を行き来させる。
「んー、間違えた投稿じゃないかな、と思わなくもないです」
「間違い?」
促すように問うと、考えているような間を取って優希さんが言葉を続ける。
「嫌味を言ってるって線もありそうだけど。本当は見せたい写真と違ったとか」
「そういう場合には消すなり訂正するなり、あるんじゃないか?」
「では、訂正できなかったか、する必要がなかったということですかね」
小首を傾げる優希さんの隣、里海が隣で小さく手を上げて意見を主張する。
「投げやりになっていて、訂正する気もなかった、とか」
「訂正する気がなかった、か。そういうタイプではないな。人の目は過剰に気にする」
「それはそうかも」
こちらのつぶやきに里海が、確かに、と頷く。
「ちょっと、別の話いいですか?」
確認をしている所で、優希さんが手を合わせてこちらの注意を引く。
「これ、手違いだったとしたら、気味の悪い写真を上げるつもりだったんですよね。どんな写真だったんですかね」
それについては考えたことがある。
「あまり頻繁にSNSを使っている形跡がない。それでも投稿をしたのは、誰かにここに書いてある気味の悪さを共有して欲しかった、とそう思えるんだ」
「共感なんて幅が広いですよ? この写真に気持ち悪さを覚える人も居るかもしれません」
「そういう場合には遠回しな言い方はしないと思います。ここが、とはっきり言いいますね」
「そう。だから気持ちが悪いとだけ書いたのは、見てはっきりわかるからだろうな。グロい写真とか、心霊写真とか直感に訴えるようなモノだと思うんだ」
俺が確かめるように言うと、優希さんが何かに気づいたようにしばらく固まった。
「そう言えば最近、おじさんとお話するだけでお金が貰えるってアプリが流行ってて。スマホにインストールするだけだし、実際に会う必要ないし。アプリ上で課金管理がされてるみたいで、送金はアプリ経由で行われるから、口座だけ用意できればすぐ使える感じで」
「……そんなアプリが出回ってるのか。アウトだろ。犯罪の温床にしか見えん」
予想外の話題が出てきた事に反応が遅れる。頭痛を覚えたように頭を抑える俺に、優希さんが慌てて手を振って否定を入れる。
「もちろん私は使ってないですよ。だけど、結構出回ってるみたいで。ラインでURL送られてきて、そこからインストールするんですよ。私もグループチャットに送られて来てて」
そう言ってテーブルに俺のスマホと一緒に並べられる画面を、里海と二人で覗き込む。
「ストアから入れるんじゃないんだ」
「野良アプリって奴か」
「本題はそこじゃないんですよ」
興味を示す俺たちを落ち着かせるように言って、優希さんが話を続ける。
「又聞き話なんですが、写真がおかしいんだそうです」
「写真が?」
「どんな風に?」
俺と里海で順に問を発する。
「はい。スマホに保存される写真が。詳しくは聞いてません。気味が悪いそうで」
「それって、アプリのせいなのか?」
「わかんないです。ただ何人か同じようなことを言ってるとか。それでその人達がみんな、アプリを入れてたーみたいな」
優希さんが両手を上げて言い終えるのは、後に続く言葉を強調したいがためだろう。
「そんな噂です」
「噂ねえ」
「はい、噂なんですよ」
「そのURL、俺にも送ってもらえるか」
「おじさんと話をしたいんですか? 新しい境地ですね」
すかさず里海が言うのにしかめっ面を返していると、優希さんも隣で引いていた。
「まさか、そんな需要があったなんて」
隣に置いていたリュックを抱えて優希さんが続ける。
「でも、女子高生捕まえて、おじさんとお話したいから教えてって言うのは、なんとなく私も侮られた気がします。憤慨ものです」
そう言って、優希さんは立ち上がる。
「そういう訳で、荒太さんには教えません。私は帰ります。ごちそうさまです」
ドリンクバー代をテーブルに置くと逃げるように優希さんは帰ってしまった。
「どうしたんだ?」
「何か気に触るような事いったんじゃないですか?」
「どこにそんな会話があった?」
ジト目を向けてくる里海から目を背ける。
「アプリか。嫌な話だな」
俺は言いながら伝票を取り上げる。
「じゃあ、今日はこれで」
「私はしばらく残りますから」
いつもの里海の返事を受けて、俺は席を立つ。
「しばらくって、ドリンクバーでどれだけ粘る気なんだ」
里海の分はいつもドリンクバーだけ。何ならそれも頼むだけ頼んで手を付けない。ただ互いに気を使う仲ではないので、俺はそれをよしとしていた。
「四宮くん、いつもごちそうさまです」
いつも通りの礼に、何をしてやれてる訳でもないという実感が顔を覗かせる。
「私だけ奢ってもらうのは、なんだか相田さんに悪いですね」
「彼女の分は取ってあるよ。後でまとめて突き返す」
「そうですか。少し気まずさが晴れました」
そう言った里海が「ところで」と続きがあるように呼び止めて、言いにくそうにこちらを見る。
「どうした?」
「相田さん、送ってあげた方がいいのでは?」
「何だよ、急に」
「帰り際の様子とか、少し彼女のことが気になったので。まあ、勘です。忘れてください」
「気には留めておく。じゃあ、また来週」
「はい。また来週にここで」
確かな返事を受け取って、俺は会計に向かう。振り返った先で、里海はぼんやりと窓外を眺めて居た。
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