キミをアイス

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 この町に引っ越してきてから、仕事帰りにアイスクリームを買うのが日課だ。  おでんの匂いの充満した駅前のコンビニで、冷蔵食品の並ぶ陳列棚から立ち込める冷気に身を竦めながら、アイスを物色する。  イメージするのは、窓のないアパートの一室だ。狭い部屋をほとんど占領するように、でん、と置かれた炬燵に肩まで身体を埋めて、アイスを食べる自分の姿。  炬燵でアイス、を最初に試したのは誰なのだろう。その人こそ、天才と呼ぶのにふさわしいと、(ヒョウ)は思っている。熱い舌の上で、アイスの冷たさと甘さがとろけていく瞬間。あの瞬間こそが、一日の仕事で心と身体をすり減らした自分の疲れを癒す、至福のひとときだ。  たっぷり十分かけて選んだスーパーカップ(バニラ味)を手に取り、レジへ向かおうとした時、セーラー服姿の女子高生とすれ違った。  まっすぐに切り揃えた前髪の下の、ちょっとたじろぐほど鋭い瞳が、陳列棚をさっと一瞥する。そして、一瞬の迷いもなく手を伸ばす。  あずきさん。  氷は、彼女のことを勝手にそう呼んでいた。  何の縁なのだろうか。氷がこのコンビニにアイスを買いに訪れるタイミングで、必ず彼女と出会う。  初めはただの偶然だろう、と思っていたが、一ヶ月も続くと、驚きを通り越して奇妙だ。大抵氷がコンビニに立ち寄るのは、夜の十一時頃。高校生が出歩くには、遅い時間だ。そこに何らかの意味を見出だしたくなるのは、もはや職業病なのだろうか。他者の意見を聞きたいところだが、あいにく氷には友達と呼べる相手が一人もいない。  そして彼女は必ず、あずきバーを買う。  ピノでも、雪見だいふくでも、ハーゲンダッツでもなく、個包装のあずきバーを、一本。  どんな味がするのだろう。パッケージからは味の想像がつかないが、あずきを固めたものなのだろうか。興味はあるが、今のところ手を出す勇気はない。  それにしても、女子高生にしてはちょっと渋いチョイスだな、と思う。毎日食べるなんて、よっぽど好きなのだろう。僕なんて、色とりどりに並ぶアイスに目移りして、あれもこれもと悩んでしまうのに。  あずきバー、一本。自分の好きなものを、貫き通す彼女は、とても格好いい。  だから、彼女の名前はあずきさん。  この真冬の最中に、アイスを買う物好きが、自分以外にもいることに親しみを込めて。そして、あずきバー以外のアイスに、決して浮気しない心意気に敬意を込めて。そう、呼んでいる。
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