闇に咲く華

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『かくれんぼをしましょう』  小さな少年に母親が楽しげに遊びに誘う。この日は雨で、別荘の中で隠れん坊を提案してきた母親に、少年は嬉しくなって隠れる場所を探した。だが、母親が少年を見付けることはなかった。居なくなったのだ。少年を置いて。リビングで泣く少年を、迎えに来たのは警察だった。    水音に目覚めた堀井律は、皺くちゃになったシーツを裸体に包んで身を起こした。雨だと思った音は、シャワーの音だと気付いてホッとする。雨は昔から嫌いなのだ。  母親の里沙が律を捨てた日が雨だったからだ。  天井にはガラスが嵌め込まれ、丸いベッドの周りには脱ぎ捨てられた衣服が無造作に放置されたままだ。やがて水音が止み、シャワールームから男が腰にタオルを巻いただけで出て来る。濡れた髪を掻き揚げる仕草、割れた腹筋に長い手脚。長身のこの男は魅力的だと思う。官能を誘うのだ。顔のパーツも悪くない。 「なんだ、起きたのか?」 「…うん」  掠れた声で返事をすると、男は律の隣に腰を下ろし、律の顳かみにキスをした。 「腹空いていないか?」 「別に空いてないよ」  云いながら律は甘えるように、男へしな垂れかかる。 「…甘え上手だな」 「其処が良いのでしょう?」  律はクスリと笑う。男は苦笑して、脚元に在る自分のスラックスのポケットから、財布を取り出し、三万円を律に手渡した。  男は会う度に律に『小遣い』を渡す。律はこの瞬間が嫌だった。 「お小遣い…別にいいのに」  男は首を傾げた。 「大学生は勉強に励め。どうせバイトとかやっているんじゃないのか?」 「えっと…」  律は困って俯いた。律はこの男に嘘を吐いている。それを知らない男は、律を胸に抱き締めた。律は別に小遣い欲しさにこの男と居るのではない。金を貰う事で自分が援交しているのだと、罪悪感に苛まれたくはなかった。   それにお互いに呼び合う名前は必要ない。必要なのは律自身の寂しさを払拭出来る、この身体が在れば良い。律は男の背に手を回した。  なのに…。 「また連絡する」 「うん」 「…お前、俺以外にも『誰か』居るのか?」  男は着替え始める律を見詰める。華奢な身体に引き締まった小さな双丘の欲情的な尻。 「え? 居ないよ。こんな事他に出来る程僕器用じゃないし。SNSで知り合ったあなたが、『まとも』で良かった。変なおじさんに引っかかったらヤバイじゃん? ってかさ…何? ヤキモチ?」  律が微笑した。男は溜め息を吐き立ち上がって、律を背後から再び抱き締めた。  ーーー離したくない。この愛らしい青年を。 「こんなに良い身体を、他の奴が触っていたら俺はどうなるかな」  右手が律の顎を捉え、後ろへ向かせる。 「きっと、嫉妬で気が狂う。良かったら一緒に住まないか? 大学の近くが良いかと思うんだが」
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