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 大禍時にいつも通り就眠運動に入り、葉が閉じて花が開いたネムノキの所へキツネが花の甘い香りに誘われてやって来ました。 「ネムノキさん、こんばんわ!」 「こんばんわ!」 「今日も綺麗に咲きましたね」 「そ~お?」 「今日は殊の外、雄蕊のピンクが鮮やかですね」 「そ~お?」 「葯の黄色も素敵ですよ」 「そ~お?」 「雌蕊も一段と白く輝いていますね」 「そ~お?」 「全く綺麗でうっとりしちゃいます」 「うふふ、キツネさん、いつも褒めてくれてありがとうね。じゃあ、今日も私の見れない世界のことを聞かせて」 「あっ、分かりました。では、そうですね、そうそう、僕、先日、亀の甲羅に乗せてもらって海の底の宮廷へ行ってきたんですよ」 「宮廷に?」 「そうです」 「海の中に宮廷があるの?」 「はい、あるんです。澄み切った青い海を背景に神秘的で幻想的な海月の光や血管のような赤い枝を張り巡らした宝石珊瑚や様々な色と模様と形をした魚たち、それにエメラルドグリーンの瓦で葺かれた大屋根や大棟の両端に飾られた鴟尾や朱塗りの大柱、それらが織りなす宮廷の風景がとっても素晴らしいんですよ」 「へえ~、嘸かし美しいんでしょうね」 「ええ、それはそれは。おまけに綿津見神宮に住む海神や山幸彦や豊玉姫にも会って来ました」 「へえ~、何だか知らないけどほんとにキツネさんは色んな経験をしてるのね」 「ええ、そうなんです。そして色んなことが載っている図鑑も持ってましてね、明日持ってきてあげますから見せてあげますよ」 「まあ、うれしいわ。是非ともお願いね」 「はい!ではさようなら」 「えっ、もう行くの?」 「ええ、色々やることがあって忙しいものですから」 「そう、話を聞いてるだけでもキツネさんは忙しいのが分かるわ。残念ね」 「ええ、残念ですが、仕方ないです。ではさようなら」 「さようなら」  はあ、美しさを誇張することも嘘をつくことも大変だ。でも今日も襤褸が出ない儘、ネムノキさんの気を惹くことに成功したとキツネは思いながら自分の巣に帰って行きました。
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