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 速峰は、過去に思いをはせていた。そもそも、早川を推しにしたのはどういった理由だっただろうか。  そうだ。俺は引きこもりだった。小学校のころ、教室でげろを吐いた。給食のあとの体育ってしんどい。その翌日から学校へ行けなくなった。  そのころ、分団登校で近所だった早川がプリントやらを届けてくれていた。早川は親が厳しいらしく礼儀正しくいつも背筋を伸ばしていた。  美少女(彼女の親が言う)ということで、いつも少年の格好をさせていた。かえって目立つような気がする。  親がいつも、プリントを受け取っていたがその日は留守にしていた。会社の人の葬式に出かけていた。  俺は、面倒だけど出た。ずっとインターフォンを鳴らしていたからだ。あきらめないやつだった。 「お。出たか」  早川は、そう言ってプリントを渡してくれた。キャップとパーカー、半ズボン。肩にはバッド。昭和か。でも、不思議とダサいって思わなかった。 そして「じゃあな」と言って明るい外へ出ていこうとする。  その後ろ姿が妙に目に染みた。近くでみる彼女はまるでアニメの主人公や芸能人のような別次元を感じさせた。  俺は焦って、その背中に待ってと叫んだ。俺も一緒に行くって言っていた。早川はいたずらめいた目をしてにやっと笑った。かっこよかった。  推しにしたのは、そのときからだ。早川のようになりたい。  早川のことをもっと知りたい。  ずっと、想ってきていた。  × × × 「……という独白を聞いたのに、君は俺の胸倉をつかむのな」 「当たり前だ。まわりくどいことをしてくれたな」 「くっ、くるしい」  メイドの格好をした少年めいた女が、男子高校生の胸倉をつかんでいる。公園で。  私はぱっと手を放す。  警察が来るだろう。通報しているご婦人を見た。  せき込む速峰に、私は言い放つ。 「私だって、恋がしたい。わかるか、それはお前だっていいんだ」 「――え」 「ずっと、こうして二人でいるのに、一向にお前は好きだとも言ってこない」  速峰は無言となった。そして、ちょっと待て待てと静止する。 「空気読んだら、俺がお前のこと一番好きってわからないか?」 「推しっていう言葉の意味が好きなのか」 「ふつう、そうだろ」  きょとん、と速峰。私は本当に脱力してその場にしゃがみこんだ。スカートの下にはスパッツをはいている。  笑いがこみあげてきて、私は腹を抱えて笑い出した。まるで犯人が事件の真相がばれたときのように。いつの間にか私が追い詰められている。  かっこいい、っていうくらいなら一度だってかわいい、って言ってほしかった。そこは照れだったのだろうか。女子力があるのは、やっぱり、速峰の方だ。  好きなやつの真似をする。背中ばかり追う。でも何も言ってこない。こいつが前に言っていたお前は変態しか好かれないという本当だな。速峰、変態かもしれない。  私はすんっと冷静な顔に戻った。  そして、叫んだ。 「お前の『好き』はわかりにくいわああああああ!!」  ――小さな声で、速峰が「……ごめんて」とつぶやいた。 おわり。
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