1342人が本棚に入れています
本棚に追加
/334ページ
***
「やだーっ! 無理、無理! 痛いってば! 温和っ、やめてっ!」
涙目の音芽を尻目に作業に集中しすぎていた俺は、彼女がばたつかせた足に思いっきり手を蹴り飛ばされてしまった。
結構しっかり握っていたつもりだったんだが、不意の蹴り上げは予想外だったからだろうか。
俺の手をすっぽ抜けたシャワーヘッドが、放物線を描いて宙を舞って、俺も音芽もびしょ濡れになってしまった。
「――っ、冷たっ!!」
という音芽の声に、ハッと我に返る。
俺に怒られると思っているんだろう。怯えた目の音芽が、「ごっ、ごめんなさっ」と慌てて謝罪してきて。
俺は音芽の反撃を予測できなかった自分の不甲斐なさに腹が立って、思わずその苛立ちのままに彼女を見上げてしまい、音芽をビクッとさせてしまった。
すまん、音芽。俺、お前に怒ってるわけじゃないんだ。
そう言ってやれたらいいんだろうが、あいにく俺はそういうのが得意じゃない。
それに――。
自分の髪の毛が水滴を滴らせるほどに濡れてしまったことや、シャツが身体に張り付くぐらいずぶ濡れになってしまったことよりも、音芽が同じように濡れそぼっていることをマズイ、と思った。
そもそも……何でそんな状態のお前が、俺のほうを見て赤くなるんだよっ。
顔、伏せたいのは俺のほうだろーがっ。
――音芽、頼むから前を隠してくれないか。
思うけれど、それすらすぐには口に出来ないヘタレな俺。
最初のコメントを投稿しよう!