episode  1

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episode  1

愛されて育った子どもは、人を愛することを至極当然だと思っている。 愛されること、愛することに何の疑問も抵抗も持たないからだ。 無限に溢れ出る愛情は、きっと永遠に耐えることなどないだろう。 愛があるからこそ人は強く優しくなれるのだ。 では……それをなくしてしまったら。 そのとき人はどうなってしまうんだろうか。 ここに一人の女の子がいる。 緒方依舞稀(おがたいぶき)。 彼女は開業医である父親と、看護師である母親との間に生まれた一人娘だ。 父親の手腕は誰もが知るところで、大学病院や大きな総合病院などからのスカウトがひっきりなしだった。 しかし依舞稀の父親は、患者一人一人と向き合うことを一番の治療としていた。 大きな手術の時のみ、出張し執刀するというスタンスで、さらに評価を上げていった。 「依舞稀、いいかい?依舞稀が将来どんな女性になるのかはわからない。けれど何があっても人を敬愛する気持ちを忘れてはいけないよ?」 依舞稀の父はいつもそう言っていた。 「確かに実際に病気を治すのは医者かもしれない。だから常に医者ばかりが注目を浴びる。でもね、本当はそうじゃないんだよ。患者さんに寄り添って心身ともに支えてくれるのは、看護師さんの方なんだ。看護師さんは医者では治せない患者さんの心を治してくれてるんだよ」 人にはそれぞれの立ち位置があり、それは誰が偉いとか誰が凄いとか、そういう物差しで測るものではないと常日頃から依舞稀に教えていた。
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