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父は自分の名医だという立場に傲りもせず、いつでも母を尊敬し敬愛していた。
「皆はお父さんのことを褒めてくれるけど、本当のお父さんは病院でも家でも、お母さんがいなければ何もできない、駄目なお父さんなんだから」
父がそう言いながら照れて微笑む顔が、依舞稀はとても好きだった。
そんな両親の姿を見て育った依舞稀は、それはそれは優しく慈悲深い女の子に育っていった。
「依舞稀はまるで現代のナイチンゲールみたいね」
母は嬉しそうにそう言って抱きしめてくれる。
その温もりは依舞稀にさらなる愛情でいっぱいにしてくれた。
そんな依舞稀が自分の進路について本気で悩み始めたのは、高校二年生に上がってからだった。
それまでは自分の成績向上と選択肢を増やすために、勉学やスポーツに取り組んでいたのだが。
大学を視野に入れた学部選択を考えた時、依舞稀の脳裏にふっと疑問が浮かんだのだ。
今まで当たり前のように医師を目指して勉強してきたけれど、果たして自分は本当に『医師』になりたいのか……と。
開業医で、且つ名医として知られている父親の背中を追って医者になる。
それが一番いい選択であることはわかっていた。
しかし、自分の置かれている環境だけで一生を決められるほど、簡単な選択ではなかったのだ。
なぜなら依舞稀には、もう一つ憧れを抱いている職業があったからだろう。
その職業とはホテルマン、いわゆる『ホテリエ』という職種だった。
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