1

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

1

 昭和32年の夏のある日、ぼくは彼女に通信を送る前に、彼女と出会った。  7月のある日、ぼくは行きつけの和白駅の前の貸本屋で『少國民畫報』という、やや時代がかったタイトルの月刊誌を借りて、自分の部屋の中で何気なく読んでいた。その雑誌の中の、「速記通信講座」「伝書鳩の飼育法を伝授します」といった広告に埋もれるように、「鉱石ラヂオ格安でお譲りします」という一文があった。  ぼくは常々「鉱石ラヂオが欲しい」と思っていた。ただ、「ぼくの小遣いでは鉱石ラヂオなんて絶対に買えないだろう」と諦めていたことも事実だ。ところが、その広告をよく読むと、「送料込みで50円」と出ている。当然、ぼくは慌ててメモ用紙替わりの広告の束を電話台から拝借して宛先(長崎県の「浦上数学・物理教室」という所だ)をメモし、貯金箱を割って10円玉二枚・5円玉四枚・1円玉十枚を取り出した後に、郵便局へと向かった。  郵便為替で50円を送ってちょうど二週間後、待望の鉱石ラヂオが届いた。ぼくは自分の部屋でワクワクしながらラヂオが入った段ボール箱を開け、一つ一つの部品をうっとりと見続けた。 「こうしちゃいられない。鉱石ラヂオの部品が届いたのなら、組み立てなきゃ意味が無い」  我に返ったぼくは、早速鉱石ラヂオの組み立てにかかった。  図面とにらめっこをしながら、ペンチでコイルを巻いたり、所定の位置に鉱石をはめ込んだりして、約1時間かけて鉱石ラヂオが完成した。が、完成直後、ぼくは図面と共に封入されていた手紙に、今さらながら気付いた。その手紙の文面は、次のようなものだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!