お堂の中

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 決して声を出してはいけないよ。  そう、言われていたのに。  九年ぶりの祭。  九年ぶりの儀式。  九人の選ばれた子供。  九日前から潔斎を続け、  九つの小さな滝で身を清め、  九段の階段を  九つのぼって、  九つの鳥居の先、  九年ぶりに開かれるお堂。  目隠しをしてお堂の中。  両手を繋いで輪になって座る。  終わるまで、決して声を出してはいけないよ。手を離してはいけないよと告げられた。  外からは、パチパチとかがり火の音。  さっきまで聞こえていたお経だかなんだかの声はもう聞こえない。  この日のために、九日前から潔斎を続けていた。でも、私は知っている。  あの子は、決済一日目の朝、うっかり食べてしまったと言っていた。親にバレなくてよかったと。  別の子は二日前、もう我慢できないと友達からお弁当の唐揚げを一つもらっていた。  親が、大人がどんなに真剣に取り組んでいようと、儀式に参加する当の子供がその重大さを理解していなければ意味がない。  どうせただの儀式。守ろうがどうしようが結果に差などない。例えあったとしても、凶の卦が出るだけだ。そう、思っていた。  しんっと静かなお堂の中。  両手に感じる体温。中で聞こえるのは息づかいと、わずかな衣擦れの音だけ。ずっと身じろぎひとつしないのは辛い。  それでも、誰一人声を発しはせず、立ち上がりもしない。それは気配でわかる。にもかかわらず、  とたとたとた。  堂内を歩き回る音が響いた。  困惑の空気が広がる。みな、目隠しをしているから様子などわかるわけがない。それでも、思わず周囲を見回す気配がした。  どさっ、ごんっ、ごろごろ。  どさっ、ごんっ、ごろごろ。 「え?」  どさっ、ごんっ、ごろごろ。 「やだっ、なーー」 「いやぁっーー」  上がりかけた悲鳴。途絶えてまた重さのあるものが床に落ちる音。  緊張が満ちた。  ぺちゃぺちゃぺちゃ。  ぺたぺたぺた。  濡れた場所を歩く音。  濡れた足で歩く音。  足音の響くお堂の中。  両手の体温が、叫びだしそうになるのをどうにかおさえてくれている。強く手を握る。強く握り返される。右手の子は震えていた。  ぺたぺたぺた。音が背後を通りすぎていく。  呼吸を繰り返す。痛いぐらいに手を握りあう。大丈夫。大丈夫と必死に言い聞かせる。  ぺたぺたぺた。 「もういやっ!何でこんなーー」 「あ、ダメ、手ーー」  ぐいっと右手がひっぱられ、とさっと落ちる。落ちた。腕の先の、手応えがない。  それでも、手を離さなければ。声を出さなければ大丈夫。左手はまだ、ちゃんと握り返されている。  ぺたぺたぺた。  ぺちゃぺちゃぺちゃ。  嫌な臭いに満ちたお堂の中。  喉の奥にこびりつくようなその臭いが、ひどく気持ち悪い。えずいてしまいそうだ。必死に呼吸を整える。右から、なにかどろっとしたものが流れてきている。  ぺたぺたぺた。  ぺちゃぺちゃぺちゃ。  ぐるぐると、足音はお堂の中をまわっている。 「ふ、ふふっ、はははっ」  突如響いた笑い声も、不自然に消える。  あぁ、もう、早く。早く終わらないだろうか。儀式が終わればきっと解放される。そう信じなくては耐えられない。  大丈夫。手を離さなければ。声を出さずに耐えきれば。  握り返してもらっている左手だけ、が……  ……あれ?  最初に二人。たぶん潔斎をきちんとしていなかった子達。  次いで思わず声を出してしまった一人。  叫び声をあげ、さらに二人。  耐えきれなくなった一人と、その子につられてもう一人。  恐怖から笑いだしてしてしまってもう一人。  これで八人。選ばれた子は九人。残りは一人。  最後の一人は私だ。  なら、今、私の左手を握り返してくれているのは……?  これまでにない恐怖が身を支配した。そして、  そして私は叫んだ。  ーー叫んで、しまった。
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