雪柳

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 血が流れる。幾つの刀傷がこの身に刻まれただろうか。寒風は頬を痛みと共に吹き抜ける。脇腹からはいずれ臓物がはみ出るに違いない。右腕は腱が切られたのかピクリともせずだらりと垂れ下がる。かの男は眼前にて刀を大上段に構える。短い間だったが私の身を守ってくれた先生の刀はあの雪柳の下に。 「終わりだ」  稲妻よりも速くその剣は私の左肩から右脇にかけ袈裟斬りにするだろう。それは生死を分ける一瞬で見た確かな未来だ。  あそこは山を少し分け入ったところにあった。辺鄙な場所で近所に買い出しに行くのに一時間はかかる。先生は何を好き好んでかいつも歩いていくのだ。時には金子を忘れて二往復することもあった。それだというのに先生は刀を忘れて出歩いたことは一度もない。  毎朝の日課で先生は山深く木々のざわめきを求めてふらりと出て行く。何度かこっそりと後をつけたこともあったがおそらく先生は気付いていたに違いない。それでも私を咎めることはなかったが。 「一枚の葉が地面に落ちた時に、私は死ぬだろう」 先生は一度だけそう言った。今もまだその言葉を、記憶の中で色褪せることなくはっきりと覚えている。 「あなたほど出来の悪い生徒は他にいない」  鋭い目で先生が私を睨み付ける。他の生徒は自らに火の手が及ぶのを恐れてか一心不乱に竹刀を振っていた。素振りを何万回するつもりなのかと呆れて物も言えない。 「何度でも言いますが、あなたには微塵もやる気が感じられない。勿論あなたがこの言葉に何と返すのかもわかっていますし、それに対して私が何と答えるのかもわかっているのでしょう」  怒気を孕んだ口振りに誰もが気圧されている。私を除いてだが。
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