雪柳

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「『真剣はあなたにはまだ早い』と先生は言うのでしょうね」 「わかっているなら」 「でも私にはその真剣を見事に使いこなす未来が見えますよ」  先生の言葉にあえて被せるようにしてそう言い切った。 「先生がいつも切っている巻藁も断面を一切潰すことなく真円を描いたままで切り捨てて見せますが、それでも先生は私にはまだ早いと言うのでしょうね」  それは私に見える確かな未来。そこに間違いなどない。 「巻藁なら誰にでも切れる。野良犬でも少し鍛えればできるでしょう」 「犬に刀を持つ手なんてありませんよ」 「手などなくとも野良犬の方があなたよりずっと出来の良い生徒になる」  私と先生、互いを睨むその目には怒りを通り越した何かがあった。ここには何十人かの生徒がいる。彼らが私達を見つめるその気配など、先生から放たれるその強烈な感情に比べれば蝶の羽ばたきほどにも私の心を揺さぶらぬ。嫌悪だろうか、先生は私のことを嫌悪している。ずっとそう感じていた。  ばんっ、と不意に大きな物音。障子を蹴破る音だ。陽光が差し込む、周囲の生徒はその場を離れる。 「久里の一門はここだな」  道場破りはそう珍しいことじゃなかった。生徒たちも慣れた様子で自然と素振りを止めて道場の端へ。先生はやってきた道場破りの元へ一人歩み寄る。 「お引取りを、稽古の時間ですので」 「お前らの都合なんか知るか! 久里の一門を潰せば俺は国に敵無しだ。看板を貰うぜ」  久里の一門とはどうも剣の名門らしいのだがそれについて私は詳しくしらない。ほとんどの生徒がそれを目当てに来ているのも知っているが、正直なところ私にはどうでもいいことだ。
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