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相性
週末は快晴になった。日差しが少し暑くて、もうすぐ夏がやってくるんだなと思った。
「なんで俺まで佐瀬の応援に行かないといけないわけ…?」
会場に向かう途中、椿原はぶつぶつ文句を言い続けていた。
『図書館で勉強しよう』と嘘をついて連れてきてしまったのだ。普通に誘っても絶対来てくれないし…。
「いいじゃん。これで勉強しなくてすむし」
「いや、勉強するつもりで来たんだけど」
「翔也も、ツバキが来てくれたほうがきっと嬉しいし」
「しょ…え?誰?」
「あ、佐瀬の下の名前。お互い名前で呼ぶことにしたから〜」
「可愛らしいな君ら…」
椿原は呆れたように呟いた。
話しているうちに、なんだかんだ会場に到着した。椿原はもう諦めたのか、珍しそうにグラウンドを見回している。
「けっこう賑わってるね」
「うん。翔也どこだろう?」
「その前にどっか座ろう。疲れた」
「あー、うん…」
会話をしながら、こっそり由比を探していた。シャイボーイ由比の遠回しすぎる行動に、今日で変化を起こしたい。いい加減対面して、ちゃんと言葉を交わしてほしい。
椿原と由比がお似合いかというと、まああんまりそうは思えないけども…。
「…あ、いた」
「佐瀬?どこ?」
「あっち」
逃げられないように、椿原の服の袖を引っ張って人混みの中を進んでいく。お目当ての人物は自販機の横でぼーっと立っていた。
「由比ー!元気ー?」
「げっ…」
大声で名前を呼んで近づいていくと、由比はあからさまに嫌そうな顔をしてみせたが、俺の後ろにいる椿原に目が向くと、その表情が固まった。
「お、おい…川名馬鹿野郎…」
「いやー偶然偶然!…なーんちゃって。ツバキ覚えてる?中学一緒だった、生徒会長の由比…」
振り返ると、椿原は今までに見たことがないような冷たい表情で由比を見ていた。
「ツバキ?どうした?」
「…ああ、覚えてるよ。会うのは中学以来だね」
「あ……う…ん…」
椿原の声かけに、由比はぎこちなくうなずいた。緊張しすぎているのか、顔色がとても悪い。
なんだか…想像の100倍空気が悪い。椿原がこんなにも愛想のない態度をとるとは思ってなかった。
「川名、由比に何か用事でもあったの?それなら俺、どっか行ってるけど」
「あー、いやいや!由比が前から椿原と仲良くなりたいって言ってたから、この機会にどうかなーと思って」
「へー…」
椿原は興味なさそうにそう言って、由比を見た。
「川名をレイプしたヤツと仲良くなる気ないな」
「ツバキ?!」
「川名…!」
由比がばっとこちらを向いた。
「ごめん由比。俺口軽くて…」
「なんで川名が謝るの?悪いのは由比じゃん」
どうやら椿原にとって由比の印象は相当悪かったらしい。他人に対してこんなに辛辣な態度をとるところは初めて見た。
由比はしばらく呆然としていたが、ぽつぽつと弁明を始めた。
「お、俺は…したかったわけじゃない。川名からなぜかフェロモンが出てて、仕方なくやったんだ」
「川名のせいなの?αって本当、人の見た目した猿ばっかだよね」
「お、お前にはわからないだろ!フェロモンに逆らうことはできないんだ。そんなもん撒き散らしてるほうが悪い」
「おい、由比…」
まずいと思って止めようとしたが、椿原に遮られた。
「わかった。由比の言い分はわかった。お前は猿じゃない。人の見た目をしたクズだ。中身空っぽで、プライドだけ高くて、自分を正当化することしか考えてない、αじゃなくなったら何にもなくなるクズだ」
「………」
由比は口をぱくぱくさせているが、言葉は何も出てこない。
「ツバキ、さすがに言い過ぎだよ。レイプの件は俺と由比の問題で、もう話はついてるから」
「…そっか」
椿原は軽くうなずき、由比を見据えた。
「でもこれが俺の心の中の全部だし、由比と仲良くなる気はないから、もう俺に近づかないで」
「………」
「行こう、川名」
「あ、うん…」
すたすた去っていく椿原を慌てて追いかける。
俺のせいだよな…。わざわざ2人を会わせなければ、こんなにこじれることはなかった。もっと言うと俺が椿香水を使わなければ、椿原がこんなに由比を嫌いになることも…
「川名のせいじゃないよ」
「えっ?」
椿原は突然立ち止まり、心の声を読んだみたいにそう言った。
「川名は何も悪くない。そもそも俺は、αは全員嫌いだし。…あ、佐瀬はそんなに嫌いじゃないけど」
「由比も…椿原が思ってるほど悪いヤツじゃないよ。プライドはエベレスト級だし、α至上主義的なところはあるけど…」
「…そう」
だめだ、全然届いていない。由比のいいところも教えてあげないと。いいところ、いいところ……何かあったっけ?
うんうん唸って考える俺の横で、椿原は寂しそうに言った。
「川名は、俺に恋人を作ってほしいの?」
「…え」
角度の違う質問をされて、言葉に詰まった。
そういうふうに考えて行動してたわけじゃない。
でもその意思が心の奥底になかったと、本当に言えるだろうか?
椿原は何にも気にしてないような顔をして笑った。
「どうせ紹介されるなら、女の子がいいな」
「その発想はなかった」
「男が全員男好きなわけじゃないからな」
「そうだっけ…?」
「どんなディストピアだよ」
「ユートピアだろ!」
男だらけの世界について議論を戦わせながら、俺たちは佐瀬探しに戻った。
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