買い物①

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買い物①

ちょうど、私と三国さんの話が終わる頃に、蓮司さんが2階の書斎から降りてきた。 「ごめんな」 リビングのソファに座る私を見るなり彼は謝った。 でも、三国さんとのお喋りが楽しかった私には、なんてことない。 もう少し遅くても良かったくらい……と言いかけて慌てて言い直した。 「だ、大丈夫です。それより、蓮司さんの方こそお仕事、本当は忙しいんじゃないですか?」 三国さんに書類を手渡しながら、蓮司さんはニッコリと笑った。 「いや、正直俺がいなくても、三国さんがいればほぼ問題はないんだよ。だから、心配はしなくていい」 「そうですよ。私に任せて奥様は社長とゆっくりなさって下さい」 そうですよ……って。 三国さん、暗に社長がいなくても問題ない、ってことを肯定しましたね! そして、蓮司さんはそれに気づいてないのか、うんうんと頷いていらっしゃる!? この2人の関係って、何か時代劇の殿様と家老みたいで面白い、と思わずクスッと笑ってしまった。 「なに?何かおかしかった?三国さん、俺変なこと言ったかな?」 「いえ、別に。通常通りかと」 もう、どんな掛け合いも殿様と家老に見えてしまい、笑いをこらえるのに必死だ。 「……お二人はとてもいいコンビだと思います。これで会社も安泰ですね!」 と、訝しむ2人に当たり障りのない答えを返しておく。 すると、三国さんは少し嫌そうな顔をし、蓮司さんは満面の笑みを浮かべた。 この微妙な温度差が堪らなく面白いわ! なんて考えていることは絶対言えないな、と思った。 「では、私はこれで。奥様失礼致します」 手元の書類をブリーフケースに入れ、三国さんはスッと立ち上がった。 「あ、はい。三国さん、お手数をお掛けしました」 「ご苦労様。すまないけど、もう暫く頼むよ。何かあったら電話して?」 「承知致しました」 三国さんは私を見てとてもいい笑顔をし、蓮司さんを見て深々と頭を下げる。 そして、カツカツとヒールを鳴らしながら、颯爽と玄関を出ていった。 「さて、お昼食べてからどうする?」 ふぅ、と息を吐き、蓮司さんがソファーに深く腰を掛ける。 「あの、私、お買い物に行きたい」 「買い物?洋服?バッグ?アクセサリー?」 ……思考がセレブ過ぎない? そりゃあ、蓮司さんは生まれながらのお金持ちで、買い物と言えば服やバッグなんでしょうけど、ど庶民(たぶん)にとっては違うのよ!? 「食材を……」 「食材はあるよ?それに、百合はしなくていいって言ったはずだよね?」 うっ。 そうですね、確かに言いましたけど、それは私の精神衛生上宜しくないのですよ? 「蓮司さん。私、何か作りたいです!」 「……うーん、でも……」 「きっと《何か作ってないと元気にならない病》です」 なんだそれ? 自分で言っておいてなんだけど、めちゃくちゃだ。 でも、どうしても何かしたい、作りたい、動きたい。 目の前の蓮司さんは、ポカンと口を開け言葉の意味を一生懸命分析しているようだった。 そして、腕を組み、視線を落としたり見上げたり、私を見たり。 暫く意味不明な行動を取った後、漸く口を開いた。 「じゃあ、一緒に作ろうか?」 「え……蓮司さんと?」 「そうだけど……どう?それならいいよ」 「……わ、わかりました!ではその方向で!」 私の言い方に蓮司さんが吹いた。 もう慣れたから笑われても平気だもんねー! 本当は一人でガンガン作りたかったけど、仕方ないか。 あれ?一人でガンガンって……そんなに料理作ってたんだっけ? と、突如あふれでた料理愛に困惑する私なのであった。
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