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世界の終わり
ちゅんちゅんと小鳥のさえずる音で目を覚ます。
重い瞼を開けるとカーテンの隙間から日の光が差し込んでいるのが見えた。
朝だ。頭ではわかっているけれど、重い体はちっとも動く気配がない。
(おきる。おきるよ。いまおきる。)
頭の中では繰り返しそんな言葉が言い訳のように回るが、私の意思とは裏腹に体はどんどん布団の中に沈んでいく。ぐんぐんと重力に従い体が下へ下へと落ちていく。
とぷんっ。
水の中に何かを投げ入れたような音がして、体が布団をすり抜けた。
「・・え?」
ふわりと急に支えのなくなった体に脳が急激に危険信号を体へと発信する。今までうんともスントも反応を見せなかった体がバタバタと宙をかく。
「待って待って!うそでしょ!どゆこと!!」
必死になって体の支えを取ろうとしているうちにも、まわりの景色がすごい勢いで進んでいく。
朝が来て夜が来て、また朝が来て夜が来る。繰り返し繰り返し進んでいく中、ふわりと浮かんでいる私の体だけが不自然にその場に留まっていた。
ぐーーーーー。
唐突に響いたその音に、ぱちりと目を開けた。
ちゅんちゅんと小鳥の声が窓の外から聞こえてくる。
「・・・・ゆめ。」
差し込んでくる日の光に目をしかめながら体をのっそりと起こす。
固まっている体をぐっと伸ばしてふう。と一息ついた。とたんに鳴り響く腹の虫。
「はらへった。」
起き上がった時と同じようにのそりと冷蔵庫へと向かい、扉を開く。
「うぐっ。」
とたんに襲い来る刺激臭に勢いよく扉を閉めた。
「っげほ!・・ゴホッゴホッ。」
とたんに舞い上がるホコリに思いっきりむせてしまう。
止まらない咳に死にかけながらも、なんとか窓に手を伸ばし顔を窓の外に出した。
新鮮な空気を取り込んでやっと正常に働き始めた頭で考える。
(え?どうゆうこと?寝ている間に私のお部屋は腐海になったの?)
恐る恐る視線を部屋の中に戻す。
昨日食べて出しっぱなしにしていた食器。
自分の相棒でもあるパソコンちゃん。
さっきまで眠っていた布団にまで薄っすらとホコリがかかっている。私はゆっくりと視線を冷蔵庫に向けた。
こちらもやはりホコリまみれだ。ごくりと喉を鳴らし、恐る恐る冷蔵庫へと手を伸ばす。
意を決して扉を開いた。途端に部屋の中いっぱいに刺激臭が広がる。
「無理!!!」
あまりの臭いに我慢できず3秒と持たずに扉をしめた。
中を詳しく確認する勇気は私にはない。あれだけの臭いを発しているのだから確実に何かが腐っているのだろう。
そこまで部屋の現状を理解して、はて?と首をかしげる。
冷蔵庫に入れておいて1日でこんな刺激臭を放つものなど入れていただろうか。そもそも1晩寝ただけで部屋中ホコリまみれなる現象を私は知らない。一体寝ている間に何があったんだろか。
思考の波にのまれそうになった時、突然はげしく玄関が叩かれた。
「うわぁ!」
あまりのことに飛び跳ねてしまい、誰かが見ていたわけではないが少し恥ずかしくなる。その間にも、玄関は激しく打ち鳴らされていてだんだんと激しくなっている。慌てて玄関へと向かおうとしたその時。
扉が私の前を通り過ぎて行った。
「・・・・は?」
ものすごい音を立てて壁に衝突した玄関だったものとパラパラと音を立てている玄関であった巨大な穴。
「え?は?」
意味が分からなさ過ぎて呆然としてしまう。何度も大きく開いた穴と玄関だった扉を確認する。が、何度見ても現状は変わらない。恐る恐る玄関だった穴の方を距離を取りながらのぞき込む。
「おい!人がいるぞ!!」
「全員、撤去済みって言ってなかったか?」
私の姿を見つけて、わたわたと忙しそうに走り回る作業着の人たち。
そして大きな鉄球クレーン車。
「・・は?」
目の前に広がるさらに意味の分からない光景に、私の頭はエラーばかりを出している。
「そこの人!危ないから動かないで!!!」
遠くから大きな声で叫ぶおじさんに言われるまでもなく私の体は動かない。
(なに?どういうこと?どういう状況?)
ゆっくり遠ざかっていく鉄球クレーン車とわたわた動き回る人たちをぼーっと眺めながら一生懸命エラー解除に勤しむ。しかしどんなに考えてもエラーが消えることはなく。
「なるほど。夢か。」
現実ではありえないことが次々起こっている。寝て起きたら冷蔵庫の中身が腐って、部屋は一面ホコリまみれ。
突如、玄関が激しくなったと思ったら扉がすっ飛んでいき、そこにはめったにお目にかかることのない鉄球クレーン車が。うん。夢だ。夢じゃなかったらいったい何だっていうんだ。
自問自答を繰り返し、半ば強引に現状を飲み込む。
うん、ゆめ。これは夢。ゆめだろ。と頑張って暗示をかけていると
「おい兄ちゃん!」
ぐっと肩を引っ張られ急激に意識を覚醒させられる。
「え、あ。」
「大丈夫じゃねえな。どっかぶつけたか?」
「いや、ぶつけてないです。」
心配そうに話しかけてきたおじさんにほとんど反射で言葉を返す。
「ほれ、これ何本に見える。」
「・・・・。」
目の前に差し出された指を見てぽかんとしてしまう。そんな私の様子見ておじさんは眉をしかめる。
「やっぱどっかぶつけちまったか。おい!救急車!!」
「だだ大丈夫です!2本!2本ですよね!?」
救急車と叫ぶおじさんに慌てて返事をする。どこも怪我はしてないし、いたって健康体だ。救急車なんて必要ない。
「本当か?まぁ、それだけ騒げるなら大丈夫か?」
疑いつつもそう言ったおじさんに私はコクコクとうなずいて意思表示をする。
「とりあえず、大丈夫なら移動するぞ。ここは取り壊すんだから。」
「え、困ります!!」
「いや、困るって言われてもここの取り壊しは1年前くらいには決まってたことだし、そもそも半年前には全員撤去完了したって言われてたんだが。兄ちゃんなんでまだいるんだ?・・・もしかして不法入居」
「違います!!」
取り壊しの言葉に慌てておじさんに縋り付けばおじさんは困ったような顔をして現状を教えてくれたかと思うと神妙な顔をして不穏なことを言うので慌てて否定する。
「私は2年位前からここに住んでいます!ちゃんと契約書も・・・。」
いまだ疑いの目を向けているおじさんに証拠を突きつけようと部屋に目を移すと風通し抜群になったがれきやら吹っ飛んだ様々なものが散乱する荒れ果てた景色がそこにはあった。
「ああああああああぁぁぁ!パソコンがぁぁぁあ!!」
瓦礫やら何やらで押しつぶされて無残な姿になったパソコンを発見して縋り付く。
「だ、大丈夫か。」
「私はもうだめです。パソコンがなければ生きていけません。」
突然奇声を上げてしくしくとなく私におじさんが若干引きながらいたわりの言葉をかけてくれているのも気に留めずさらにしくしくと泣き続ける。
滲む視界の先で指先がぶれているのが見える。
「お、おい、おまえ、」
後ろでおじさんの動揺した声が聞こえる。それもそうだろう。私の体はもはや原形をとどめていないのだから。
「パソコンが壊れてしまったら、私は生きていけないんです。」
ゆっくりと顔を上げておじさんに向き直る。おじさんはこれでもかというほど瞳を開いてこちらを凝視していた。
「最後に会話した人があなたみたいに優しい人でよかった。」
砂嵐のような音が声に混じるのを感じながら、私はにっこりと笑って見せた。最後くらいは笑って消えよう。かすれていく視界の中でおじさんがひどく慌てているのがなんだか無性に面白かった。
「―――っは!!」
ものすごい勢いで布団を蹴り飛ばす。荒い息を整えながら素早くあたりを見渡した。
何の変哲もない、いつもの部屋だ。もちろんホコリなんてかぶっていない。ゆっくりと立ち上がり冷蔵庫の前に立つ。恐る恐る手を伸ばし、覚悟を決めてバッと開くとそこには卵やらチーズやら麦茶なんかが乱雑に入っていた。異臭などしない。
「・・・・はぁぁぁ。」
大きくため息をついてその場にしゃがみ込む。
「ゆめだぁ。よかったぁ。」
一気に体の緊張が解けて安堵に包まれる。次いでくすくすと笑いが漏れた。
我ながらずいぶんと面白い夢を見たものだ。
気分を切り替えて玄関へと向かう。もちろんふっとんだりはしない。
よしよし。と納得してふと、玄関のドアポストに何か入っているのを見つける。
「なんだ?」
開けてみるとそこには一枚の紙。ぺらりと裏返してみて息をのむ。
『建物撤去のため、半年中に退去のお願い。』
「・・・・え?」
end
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