最高のギャラリスト

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 権藤は確かな審美眼を持つ無双の画商でありボランティア活動を行う資産家でもあるから自分の大邸宅の敷地内に鮨屋を設けて鮨職人を雇うと、ボランティア団体が炊き出しをする日に集まったホームレスたちに以下のような内容が記載されたビラを配布した。 「毎週火曜日と金曜日の午後5時から10時までホームレスの皆さんに限り鮨と酒を無償で御馳走します。場所は○△」  すると、初週は半信半疑な感じでぽつぽつとしか訪れなかったが、ホームレスたちの間で実際に素晴らしいサービスをしてくれるとの噂が広まったので次の週からは大勢押し寄せるようになりピーク時には10あるカウンター席も40あるテーブル席も満席になる賑わいを見せ、営業時間の間、常時、盛況を博した。  で、ホームレスたちの第一の目当てが鮨や酒から権藤の一人娘で鮨屋の看板娘である珠緒に移って行った。  何しろ珠緒は令嬢に相応しく美人で高慢になりそうなものなのにホームレスたちを分け隔てなく愛想よく持て成し、あざける態度を微塵も見せないのだからホームレスたちが彼女を大いに気に入るのは至極当然だった。  或る日、鮨屋にすっかり慣れて来て、「山葵は醤油に混ぜずにネタに直接付けるもんだぜ」とか「醤油はシャリじゃなくてネタに付けるもんだぜ」とか「醤油はむらさき、お茶はあがり、甘酢漬け生姜はガリって言うんだぜ」とか「鮨は箸じゃなくて手でつまむもんだぜ」とか言って通ぶってやってる中、カウンター席に陣取っていた中年男が一杯ひっかけながら図に乗って隣の中年男にこう言った。 「今日も白身の鯛に始まって赤身の鮪に終わるというのでは在り来たりだから締めに鮑いくか!珠緒ちゃんのあそこみたいなよ!」 「ハッハッハ!そりゃあいいぜ!」 「だろ!」  二人の中年男がはしゃいでいると、テーブル席で聞いていた一人の若者が憤然と怒鳴った。 「調子に乗るな!糞親爺!」  すると、二人の中年男は若者の方へ振り向いて、「なんだと!」と一方が怒鳴り返したが、若者の大柄な体躯と厳めしい表情に圧倒され、怯みながら色をなした顔をだらしなくほころばせ、「だ、だよね。俺たちがお嬢さんを捕まえて」「わ、悪かったよ」と二人して謝った。  この遣り取りを見ていた珠緒は若者に非常な好意を持ち、角のテーブル席から見ていた権藤も好意を持って若者に目を付けて近づいて行き、彼の向かいの席に座った。 「大将!この若者に大トロを握ってやってくれ!」 「へい!何貫握りましょ?」 「どうする?」と権藤が聞くと、若者は既に腹いっぱいだったが、「それではお言葉に甘えて一貫握ってもらいましょうか」と答えた。 「よし、一貫だ!それと珠緒!この若者に大ビールを持って来てやってくれ!」 「はい!」  珠緒の色めき立った返事がはっきり耳朶に響いてきた若者は、酔っていた赤ら顔をさらに赤らめた。 「ハッハッハ!さっきは赤鬼みたいだったのに今度は茹蛸みたいになっちゃったね」 「そ、そうですか、へへへ!」 「ところで君は何という名だね?」 「僕は中根俊哉と言います」 「歳は?」 「25です」 「見た所、とてもホームレスに身を窶すような男には見えないが、良かったら事情を話してくれないか」
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