桃太郎の孫

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桃太郎の孫

 金棒の形の看板が見えてきた。コーヒーの匂いが香ってくる。お腹がスカスカで気持ち悪い。  ドアを開けると、赤鬼が顔を上げた。  「いらっしゃい」  「うわ、本当にスキンヘッドになってる。婆ちゃんの言う通りだ」  「俺はハゲないと思ってたのによ、腹立ったから剃っちゃった」  「またやる事が極端なんだから……。それで、モーニングお願い」  「もう午後2時だよバカ! お前の爺ちゃん見習えっての」  「あーもう鬼ヶ島の話はいいよ飽きた」  ここは喫茶あかおに。  かつて鬼ヶ島の首領だった赤鬼がリタイア後に始めた、小さな喫茶店。  ボサボサ頭でトーストにかじりつくのは、あの桃太郎の孫である。  何やかんやあって、ふたりは仲良し。  店の壁には、亡き桃太郎とまだ髪がある赤鬼、子供だった孫がピースをしている写真。桃太郎のサイン。他、色んな有名人との写真やサインがずらりと並んでいる。  「で、内定は?」  「おいしい思いしてる時にまずい話しないでよ」  「まずいのか?」  「圧迫面接だよ! みんな名字で孫って分かるんだね」  「有名だからなあ」  「もう半世紀以上も前なのにさ。爺ちゃんのことなんてほとんど覚えてないし」  「かわいそー桃ちゃんかわいそ。孫にこんなこと言われちゃって。草葉の陰で泣いてる」  「草葉の陰から切りかかってくるでしょ、あの爺ちゃんなら。それに、もう爺ちゃんと過ごした時間より赤鬼さんと過ごした時間の方が長いんだよ」  「え、もうそんなになる? あ、でも……そうか、なるか。今年2020年だから、そうか……」  店のディスプレイには、桃太郎が生前使っていたライター。ふと目に入る。  「でさあ、一生のお願いパート6いい?」  「一生のお願いの定義が揺らぐな。5まで許した俺も俺だけど」  「来年俺どうなるかな? 内定、取れるかな?」  「ちなみにどこ受けたの?」  「刀鍛冶2社と」  「ブフォッ」  「きびだんごメーカー」  「ブフゥ! 実家!」  「あとノリで桃農家」  「来年は農家だな」  「いやノリだから。本気じゃないから。てか何俺、実家にすら落とされんの?」  「聞いてないか? 婆ちゃん(会長)、お前がもし応募してきたら書類で落とすって言ってたぞ」  「は、ちょっと待ってそれ何鬼? 鬼の所業じゃん。聞いてない」  「自立を促す祖母の愛よ」  「来年のことが見えないよー。赤鬼さんはどうやって予知すんの」  「予知?」  「予知でしょ。ことわざにもなったぐらいだし、鬼の習性じゃないの?」  「そんな動物みたいな言い方されても。経験だよ、経験」  「またそうやって大人は逃げるぅ〜」  「成人が言ってんじゃないよ」  「また鬼ヶ島行って成敗すればいいかな? 爺ちゃんみたいに」  「ただの観光にしかならんぞ。今世界遺産狙うぐらい二代目頑張ってるから」  「……知ってるよ、冗談だよ。でさ、まあ農家には行くつもりにないから就活頑張るけどさ、俺実際来年どうなるの?」  「……」  「何その真顔」  「……さあな」  「え、何、意味深。どうなんの? ねえ、来年俺どうなると思う!?」  次の年の春。  亡き桃太郎と、ハゲてない赤鬼と、幼い孫の写真の隣。  スーツ姿の孫と、涙目のスキンヘッドの赤鬼の写真が貼られた。  喫茶あかおには、今日も静かに営業中。
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