第6章 背徳のマッドサイエンティスト

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「何なんですか、あのでこぼこコンビは」  神楽坂愛里はコーヒーをくぴりと口に含むと、隣に立つ福豊颯太にそう尋ねた。そして、論文の束が整理されて置かれた自分のデスクに愛用のマグカップをコトリと置く。黒猫のイラストが描かれたマグカップの中で黒い液体がゆらゆらと揺れる。 「さあ。まあ、仲がいいのはいいことじゃないですか」  颯太もまた目の前で繰り広げられる言い争い、もといじゃれ合いを目を細めて見つめながら苦笑を漏らす。 「コンビじゃないです!」 「でこぼこって言うな!」  互いを威嚇し合う表情のままぐるりと愛里と颯太の方を向いて叫ぶふたりは、本当は仲良しなのでは、と錯覚するほどに息がぴったりであった。 「いいですか、神楽坂さん! 私は神楽坂さん一筋です! こんなちびっこなんて」 「ちびっこ言うな! これでも二十二だ! 年上だぞ! いいか、神楽坂愛里、私はな……」  ふたりの女子に迫られ、愛里は後ずさる。 「まあまあ、落ち着いて……」  しとしとと降り続いていた梅雨の雨がようやく切れ間を見せた。今は六月だが、六月は旧暦でサツキと呼称されていたことから、こうした晴れ間のことを五月(さつき)晴(ば)れと言うそうだ。  研究室の外では、昨日まで降り続いていた雨水の滴を陽光に輝かせながら紫陽花(あじさい)(が重たげに、それでいて誇らしげに装飾花を揺らしている。 (何でこんなことになったんだっけ……)  事の発端は今から二ヶ月前の四月――新学期の始まりの頃に遡る。愛里は波乱の学会よりも以前に思考を飛ばす。
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