第九章 急転

3/7
1359人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
「樹里、よかったらもう数点、絵を描いてみないか」 「喜んで。でも、どうするんですか?」  事務所のどこかに飾るのかな、などと考えた樹里だったが、次の徹の言葉に驚いた。 「実は、君の元居た家に飾ってあった絵を画商に鑑定させたら、数百万の値が付いたらしい」 「そ、そんな。まさか」 「100年に一人の天才らしいぞ、樹里は」  あまりのことに、言葉も出ない。  しかし、徹が自分をからかったり、嘘を言ったりするとも思えない。  ぽやっとしていると、徹からキスが贈られた。 「ん、ぅうん……」  穏やかに、滑らかに動く徹の舌は、樹里の乱れた心を整えていった。  キスを終えると、徹は樹里の眼を見て微笑んだ。 「ここはもういいから、マンションで絵を描くといい」 「でも」 「腕が鳴るだろう。自分の作品が、評価されたんだ。描きたくなっただろう?」 「綾瀬さん」  ありがとうございます、と樹里は社長室を出ていった。 「良かったな、樹里」  徹は、彼の消えたドアに向かって、カップを掲げて見せた。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!