souvenir impérissable

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souvenir impérissable

彼、リアンは周りから阿呆、阿呆と呼ばれていた。歳の頃15、6のひょろりと痩せた男の子である。 血の繋がりがあるのかないのかも分からぬ爺と町外れのボロ小屋に住んでおり、日がな畑や野原をうろうろしてブツブツ独り言を言っている。 爺は畑で穫れたものや通りで拾ったものを売って生計を立てていたが、小用でリアンに番を頼むと、度々計算を間違えて損をした。 そういう訳で、リアンが番をしている時には客が増えた。ただ、ここ最近とみに人が集まるようになったのは、何も野菜の3つ4つを破格で手に入れたいがためではなかった。 不思議なことに薄汚い爺の作る野菜は他の畑で穫れるものとは比較にならないほど大きくて美味かったから通りに並べればそこそこに売れたが、客が目を見張ったのは、リアンがここひと月ほど前から時々並べるようになった小石である。 ワインのような赤や、シャンパンのような黄金色、北の海の永久凍土のような白とブルー……どれもカットは施されておらずコロンと無骨ではあったがそれはそれは美しかったのだ。 客が「いくらだ?」と訊ねると、リアンは首をひねって「1ピアン」と答えた。 1ピアンはこの辺りで流通している硬貨の中では一番小さな額面のものである。 他に並べられているどの野菜よりも安いことになり、客はまたこの阿呆が物の価値が分からずにいるものとほくそ笑んで、1ピアンでその小石を手に入れた。 それは忽ち町の噂になった。 やがてその小石を手に入れた金持ちが装飾を施して社交界で注目を浴び、興味を示した領主がリアンを呼び出すこととなった。 謁見の間に連れて来られたリアンと爺は、美しい調度品が品よく置かれた部屋の中を物珍し気にきょろきょろした。 二人とも滅多と風呂には入らなかったから手足も顔も薄汚れ、爺の白髪もこの辺りでは珍しいリアンのトウモロコシの毛のような金髪も、等しく土埃にまみれていた。 その姿を見た領主は鼻をつまみながら眉を寄せた。爺もリアンも慣れてしまっていたが、彼らからは独特の鼻を衝くような匂いが始終していた。 「リアンとやら。お前が道端で売っている石の事を聞きたいのだが。あれはどこで見つけたものなのか」 領主はリアンの小汚い顔の中の、やけに綺麗な白目と赤い琥珀のような瞳を見下ろして言った。 だがリアンはきょとんとして首を傾げ、問い詰めても首を振るばかり。 「お館様。この者は頭が弱く、金勘定も会話もろくに出来ぬと聞いております」 近くにいた側使いが領主に耳打ちすると、領主は今度は爺に同じ問いをした。だが爺も知らないと困ったように笑った。 「リアンがどこからか持ってくるんだが、わしは足が悪くてこの子にはついていけんし、この子はこの通りなんで知りようがないですわい」 領主は舌打ちすると、もう用は済んだとばかりに二人を追い返し、残り香を消すために部屋の窓という窓を開けさせた。 「絶対に在り処を見つけねば。あんな阿呆が独り占めしているなど宝の持ち腐れというもの。アスタルに必ず突きとめるように言っておけ」 領主は髪油で撫でつけた筆のような口ひげを指で摘まんで整えながら、強欲さを隠しもせずニヤリと笑った。
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