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8.モブ役者は巻き込まれがち
東城と気まずい雰囲気になってしまってから、気がつけば1週間が経っていた。
向こうのマネージャーさんからも、しばらくは僕との接触禁止令が出されていたはずだし、当分東城にかかわることはないだろうとふんでいたのに。
だって連ドラの撮影なんて入ってしまったら、ただでさえ忙しい東城は、勝手に抜け出ることもないだろうし、なんならこれが最後かもしれないなんて思っていたのにさ。
なのに、何がどうしてこうなった!?
頭を抱えたところで、まったく理解は及ばない。
というか、僕、関係ないよね??!
なんで、この現場に呼ばれてんのさ!?
助けを求めて振り返った先にいるのは、東城のマネージャーの後藤さんだ。
「申し訳ありません、羽月さん。このような形で巻き込むことになってしまったのは、うちの東城の不徳の致すところです」
深々と頭を下げられたけれど、僕が求めているのは謝罪じゃない。
ほしいのは、きちんとした説明だ。
僕が半ば拉致られるようにして連れてこられたのは、撮影スタジオのモニタールームだった。
言うまでもなく、東城が恋愛ドラマの女王と名高い宮古怜奈と共演している、次の月9ドラマの撮影現場だった。
ただそのモニターに映し出される映像を見るかぎり、そこに東城の姿は見えなかった。
「東城は今、地方のロケに出ています。こちらでは宮古さん側の撮影をしているところです」
さらりと後藤さんに告げられた事実に、頭が痛くなりそうだった。
「地方ロケって、後藤さんマネージャーとして同行しないでよかったんですか?!」
「えぇ、私はチーフマネなだけで、東城にはほかにもマネージャーがついておりますので」
あ、そうなんだ……ひとりの俳優なのに、マネージャーさんがたくさんつくのか……。
さりげなく東城の忙しさがうかがい知れるようで、少しだけアイツのことが心配になった。
なのに、どうやって今まで僕のところに顔を出す時間が取れていたんだろう?
まぁ、そんなことは僕が考えても意味がないことだけど。
それよりも今は、どうしてその東城が不在の撮影現場に、僕が呼ばれる事態に陥っているのかってことだ。
「それで、その、なんで僕がここに……?」
どうせ大した仕事もなかったことだし、僕がいなくなったところで、エキストラのお仕事ならいくらでも替えが利くから問題ないとはいえ、せめて事情は説明してもらいたい。
自宅で寝ていたら、いきなり朝の6時にたたき起こされて、『そちらの事務所から許可はいただいています』とか言われて、有無を言わさずバンに乗せられて連れてこられたのが、ここの撮影スタジオだったわけだ。
まったくもって、意味がわからなすぎる。
車のなかでは、着替えだのなんだのと身じたくを整えるのにもたついたせいで、後藤さんからの事情説明も行われていなかった。
だからここで聞かされるのが、はじめての説明ということになる。
「すみません、実はうちの東城が宮古さんを怒らせてしまいまして、一緒のシーンの撮影がストップしてしまっているんです」
「えぇっ?!」
なにそれ、今度は何をヤラかしたんだよ!?
「それについては、自分のほうから説明させていただきます。あ、はじめまして、自分が宮古怜奈を担当しておりますマネージャーの、広田と申します」
横から入ってきたのは、わりとガタイのいい20代後半くらいの女性だった。
なんかこう、一人称が『自分』なところとか、学生時代に柔道部とかで主将をやってそうな感じがする。
身長も、ヒール込みなら僕よりも高そうだし、なんとなくそんな印象を受けた。
「えっ、あ、はい、はじめまして、プロダクションしじま所属の、羽月眞也と申します」
差し出された名刺を受け取り、あわてて頭を下げた。
そんな僕に対する、遠慮のない視線が刺さってくる気配を感じた。
宮古怜奈のマネージャー、その存在にはイヤな予感しかない。
本来なら僕には彼女とのつながりは、なにひとつないわけだ。
なのに僕がこの場に呼ばれた理由を考えると──さらに東城が機嫌を損ねさせたとか、どう考えても演技でミスをしたとしか思えなかった。
「これでもうちの怜奈は『恋愛ドラマの女王』なんて呼ばれておりまして、ヒロインの演技をさせたら、右に出るものはいないと自負させていただいております」
「……はい、存じあげております」
自信満々に言う彼女に、僕は相づちを打つ。
それについては、異論があるはずもない。
なのに、なんでだろう、広田さんと名乗ったマネージャーさんからは、ものすごく威嚇されているような気がしてならない。
嫌われるほど、まだなにもしてないと思うんだけど??
「そんなうちの怜奈がですよ、東城湊斗さんから演技のダメ出しをされたそうです。『不自然すぎて、全然可愛くない』と」
「はぁっ?!」
なんだよ、それ、失礼すぎるだろ。
「確かに、このところの宮古は恋愛ものが続きすぎておりまして、撮影の時点でのキャラクターコンセプトが定まっていなかったのも、まぎれもない事実です」
だから何度か、くりかえしカメラテストを行っていたらしいけど。
でも何度やっても、本人も納得できなくて、モヤモヤしていたところで、最後に後押ししたのが東城の一言だったようだ。
それですっかり雰囲気の悪くなってしまったふたりに、周囲が気をつかい、まずは別々のシーンから撮っていくことになったというわけだった。
どうしよう、なんとなく察してきた。
「そのダメ出しされたシーンというのは……」
「えぇ、例の冒頭の別れのシーンです」
ボソッと後藤さんが、教えてくれるのに、胃が痛くなった。
「誰が東城に、そんな偏った演技指導をしたのかってことですか……」
………やっぱりなー、そんなことだと思った。
いわゆる『責任者出てこい』案件ってことじゃん。
一応あのときは、僕も宮古怜奈の演技を想定していたとはいえ、しょせんは未見の状態だ。
実際の本物の彼女の演技とは、似ても似つかないものだった、ということだろうか。
「いずれにしても、ご迷惑をおかけしたようですし、申し訳ありませんでした」
そうして深々と頭を下げる。
どうしよう、僕なんかのせいで撮影に悪影響を及ぼしてしまったとか、どうおわびをすればいいんだろうか。
金銭的な補償とか請求されても、たぶん売れない役者の僕には払えないぞ。
事務所にしてもそうだ、うちは弱小プロダクションだし、破産しかねないだろ。
「いえ、羽月さんのせいではありませんよ。本当にうちの東城が、戯けたことを抜かすからです。だからどうぞ、気に病まないでください」
後藤さんが、さりげなくフォローにまわってくれるものの、まだ宮古怜奈のマネージャーからの視線は刺々しいままだった。
「しかし……うちの怜奈を可愛くないと言わしめるとは、どんな美女が来るのかと思ったら、こんな地味な男の子が来るとは……ふふっ、いえ、失礼しました」
その言いまわしの節々からは、あからさまに見下されているのがわかる。
でもそれを言っているのが、あの宮古怜奈のマネージャーさんなら、しょうがないか。
彼女もまた、華のある女優さんだ。
その顔を、その演技を近くで見続けてきたマネージャーさんなら、目も肥えることだろう。
「自分としては、怜奈が共演相手に下手くそと思われていることなんて、我慢できません。ならばどうすれば解決できるのか、そう考えた結果、東城湊斗さんに稽古をつけた相手に、怜奈の演技を監修してもらえばいいという結論に達したのです」
う、うーん、それは確かにそうなのかもしれないけど……。
「そこで、そちらの後藤さんに相談したところ、あなたに来ていただいたわけですが……しかし、失礼ですが本当にこんな子が……?」
相手の目には、僕に対する不安というか、不信感がにじんでいるのが見えた。
そりゃそうだよな、僕と宮古怜奈をならべたら10人が10人、彼女のほうがかわいいと自信を持って断言するだろう。
なにより僕自身も、そう思う。
だから広田さんの疑問は、もっともだと思う。
「えぇ、羽月さんの演技力については、私が保証します。なんなら、うちの東城なんかよりも、ずっと信頼の置ける方ですから」
だけど先ほどから失礼な態度を隠そうともしない広田さんに、後藤さんが代わりに怒りをにじませる。
おかげで、さっきから笑顔なのに口はしがヒクついているし、なによりその笑顔が黒い。
ついでに言うと、背後からガシッとつかまれた肩が、若干痛い。
うん、さりげなくこの二人が合わなさそうなのはわかるぞ。
とはいえ、僕にも責任の一端があるなら、仕方ないか……。
「わかりました、それでは僕でできることなら、なんでもおっしゃってください」
とはいえ、この演技の監修って、このマネージャーさんが考えたことなんだよな?
たぶん宮古怜奈本人は、知らないことじゃないのかな。
うーん、これで僕みたいに地味な役者がのこのこあらわれて、『東城と稽古をしていた、あなたのアンダーは僕です』とか言ったら、むしろ本人のプライドが傷つかないか?!
不安しかないんだけど、なんなら彼女のガス抜きのためにサンドバッグになれってことなのかなー。
思わず遠い目をしかけたところで、モニターに映る宮古怜奈の撮影が一段落ついたのがわかった。
うぅ、怖いな。
マネージャーさんがこんなにお怒りなんだ、きっと本人の怒りはこんなもんじゃ済まされないだろ。
判決を待つ罪人の気持ちで、この先の指示を待つ。
ていうか、たぶんどんな演技をしたのかって疑問を持たれてるだろうことは、想像に難くない。
つまりそれがどういうことを引き起こすことになるかというと、プライドを傷つけられてお怒りの女優さん本人を前に、僕がどう演じたかを再現して見せなきゃいけないってことだろ。
なんだよそれ、はずかしすぎて余裕で死ねる。
東城に頼まれたときだって、あれが防音性能にすぐれた僕の自宅で、ほかに人がいないからこそ、安心してできたのに。
こんな衆人環視のなか、主演のヒロイン様の機嫌を損ねたモブが演じるとか、針のむしろすぎる。
キリキリと痛み出す胃をそっと服の上から押さえ、断罪のときを待つ。
このあとの撮影は、休憩をはさんで友人たちのシーンになる。
だから、ここから2時間くらいはヒロインもスケジュールが空くらしい。
そうして僕の緊張が高まっていくなか、スタッフの声がしてついに宮古怜奈があらわれた。
その姿は、多くの人に囲まれていてもなお、キラキラとかがやいて見えた。
「お疲れさま、怜奈。件の東城湊斗の練習相手に来てもらっているから、好きにしていいからね」
そこに駆け寄っていった広田さんが、不穏なことを言う。
好きにしていいって、おいおい、サンドバッグ予告かよ!?
だけどヒンヤリとした怒りをにじませた宮古怜奈の視線が僕をとらえた瞬間、きょとんとした顔になる。
そうして首をかしげたかと思ったとたん、ハッとしたように両手で口元を押さえた。
「まさか……っ、東城湊斗の絶賛する相手役って……あなたなの、理緒たんっ!?」
うん?理緒?
それはかつて、東城とドラマで共演したときに、僕が演じた役の名前だった。
まさか、天下の恋愛ドラマの女王が、あんな深夜枠のドラマを知っているのか?!
それにおどろいて、うっかり反応を返せずにいたら、駆け寄ってきた彼女に思いっきり抱きつかれた。
「いやぁ~ん、まさかホンモノの理緒たんに会えるなんて!あたし、女優やっててよかったぁあ!!」
そして感無量といった雰囲気のままに、彼女は頬ずりをしてくる。
えぇっ!?
なにが起きてるんだ、これっ!??
固まる僕を正面から抱きしめているのは、宮古怜奈本人にまちがいない。
本当にどういうことなんだか、誰か教えてほしい。
だけど助けを求めて見た彼女のマネージャーさんは、目を見開いたままに固まっているし、肝心の後藤さんも額に手を当てて、天を仰いでいるだけだ。
ちょっと、マジでいたたまれないんだけど、誰か助けて……っ!!
声にならない叫びは、残念ながらのどの奥に引っかかったまま、出てきてはくれなかった。
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