耳とナイフと怪物と

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「グガァッ」  そのまま体制を立て直し切れず、毛むくじゃらの巨体が(かし)いだかと思うと、なんと頭を抱えて膝をついてしまった。恨めしそうにレミルを睨みつけるその瞳は相変わらず獰猛な炎を絶やさないでいるものの、それでもフンババはすぐには立ち上がれなかった。 「ちゃんとおつむはついてるみたいじゃねえか」  まだまだいつもの余裕を崩さないレミルは、そんなフンババの姿をみて唇の端を釣り上げる。その台詞の意味が伝わったのか否か、フンババは膝を着いた姿勢のまま上体を前のめりに突き出し、牙を向いた。 「ガギャアアアアア!!」 「おうおう、おっかないね」  唾液を撒き散らしながら喉をふるわせる上級魔獣の咆哮に、レミルは肩をすくめる。フンババは、そんな生意気な細身の少年に対して憤怒を顕にし、バネの要領でつま先で地面を蹴ると、その体制のまま飛びかかった。巨体からは想像もつかないほどの跳躍力が、一瞬にして両者に空いた距離を詰めた。  両腕を広げ、爪を囲い込むようにして振り下ろし、レミルの逃げ場を奪おうとする魂胆のようだ。しかしレミルは、相も変わらず癇に障るほど涼しげな表情をしたままそれを見上げると、今度は後ろに飛び退いてかわすことをせず、思い切って自分もフンババに向かっていくように踵から地面を蹴って前方に跳んだ。  予想に反した相手の動向にフンババは思わず目を見開いたが、構わずに両手の十の爪でレミルを襲う。射程の長さは歴然であり、真っ向から戦う分にはフンババの有利は明らかなものであった。レミルの拳や足が届くよりもはるか前に、残虐な魔獣の尖爪が彼を肉片へと変えてしまうだろう。  そう思われたのだが。
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