もう一度、抱きしめて、キスをしたい。

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曖昧な関係なまま時は流れて、結局おれは違う人と婚約をした。それには親のこととか仕事のこととか、色々事情がある。きっとそのことは彼女も知っていて、でもおれは彼女を離そうとしなかったし、彼女も離れようとしなかった。 それでも彼女に別れを告げなければいけない日は必ずくる。それをいつにしようかと迷っているうちに、また時は流れていった。 「でも、彼女には幸せに、なってほしいって思いますよ。」 おれがそう言うと先輩はむずかしいな、と小さく呟いた。 その帰り道、駅の近くで彼女の姿を見かけた。誰かと飲みに行っていたのだろうか。彼女はマフラーに顔を埋め寒そうにしていた。 彼女に別れを告げなければいけないと思ったのは、隣で眠っていた彼女が、おれの名を呼び涙を流した時だった。どれだけ傷つけていたのか、苦しめていたのか、思い知った。 彼女の思いに応えるのは、むりだった。だからあの日、別れを告げた。彼女はきっと、おれの気持ちになど気づいていない。それでよかった。 おれたちは最後まで曖昧な関係だった。でも、嘘なんかじゃなかった。君を抱きしめた温もりも、言った言葉も。信じてはくれないだろうけど。ほんとは違う誰かの体温を感じる度、君を思い出していたんだ。 別れを告げたあの日、彼女に背を向け歩きだしたおれは、君が追ってくればいいのに、そんなことを思っていた。 もしも、彼女がおれの背中に飛び込んでくれば、おれはそれを受け止めるのに。そんなこと絶対にないとわかっていた。 さよなら、愛しい人。 なあ、おれのことどう思っていた? 最低な男だって思っていた? そうあればいいのに、そう思っていてくれたら、おれは少しらくなのに。 そう思うおれはどこまでも情けなかった。 おれが結婚を決めたのはそれから数日のことだった。 本気になったのはおれも同じ。おれは君がほしかった。 おれは今でも、君に会いたい。 なあ、ほんとは、もう一度、抱きしめて、キスをしたい。 fin.
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