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海斗は駅前で昼食を済ませてすぐ宮原の家へ向かった。
約2週間ぶりに訪れた家は少しほこりっぽく、改めて掃除する必要がありそうだ。
宮原は海斗を冷房のある仕事場へ案内した。
畳敷きの仕事場は相変わらず雑然としている。パソコンが置かれた低いテーブルのわきに大量の本が積んであり、今にも崩れそうだった。
海斗は勝手にキッチンの冷蔵庫からお茶を出し、宮原にすすめた。
あの晩、11時半頃から広間に客たちが集まりはじめたらしい。
最初はビールを飲みながら雑談していたのが、散会した1時頃までには近重をのぞく全員が一度は顔を出したという。
1時間半に及ぶ宴会の間、主に広間で話していたのは編集長の向井と作家の川里、編集者の楠田と増井だ。ビールを飲んでいたから各々トイレに立ったりはしていて、他人の行動を詳しく覚えている者はいなかった。
和島は宴会が終わるころになって広間に顔を出した。彼いわく、「テレビを見ながらうつらうつらしてしまった」とのことだ。
隣室からは12時頃すでに近重の大きなイビキが聞こえてきており、寝てしまったのだと思ったという。
「俺の部屋にはテレビはなかったぞ」
不満げな宮原に海斗は言った。
「川の景色が見られる部屋にはテレビを置いてないそうです」
“かつら亭”はあてがわれた部屋によって景観が大きく変わる。宮原、向井、川里は崖に面した部屋、増井、楠田、近重は山に面した部屋だ。中間の和島の部屋からは山が見え、川は見えない。
「12時頃寝てたんなら、殺されたのはいつでしょう」
考えたくはないが、あのメンバーの中に殺人を犯した者がいたというのか。
海斗は参加者とほとんど口もきいておらず、誰が怪しいとも言えない状態だった。
「海斗くんは何時に寝た?」
「ええと、12時半頃でしょうか……周りがざわざわしてたし、あと雨が結構降ってましたね」
「雨か、そういえば降ってたな」
昼間から雲行きが怪しかったのだが、宴もたけなわとなったころ雨音がはっきり聞こえ出した、と宮原は言った。
海斗は帰りの電車内で書いたメモを読み返した。
「和島さんは1時頃近重さんの部屋に行こうとして、鍵が閉まっていたと言ってましたね。イビキは聞こえなかったけど寝てるんだと判断して、そのままにしておいたと」
「ああ鍵だけど、女将に確かめたら2日ほど前から調子が悪かったらしい。直す間もなく客を入れることになって申し訳なかったけど、近重さんは納得ずみだったって」
では和島が開けようとした時はなぜ閉まっていたのだろう。
それに、和島の証言をうのみにしていいものだろうか。
人気漫画家から下僕のように扱われていた和島。
動機の面からも、部屋のつくりからも、一番怪しいのは和島だというしかないのだ。
「アリバイがはっきりしないね。ただ、ひとつ気になる話があって。これも和島さんの証言だけど」
宮原は独自に話を聞いてきたらしかった。
和島が“12時頃近重のイビキを聞いた”というのは、そのとき流れていたテレビ番組から判断したことだった。
しかし調べてみると、当日そのチャンネルではサッカー中継が放送されており、試合が延長になった関係で後の番組が30分ずれていた。
「彼の言うことが本当なら、イビキを聞いたのは12時半以降かもね」
「犯人が和島さんでないとすると、部屋に出入りするところを誰か見てる可能性がありますよね」
殺害現場は近重の部屋で間違いないだろう。彼の部屋は階段から一番奥に位置しているから、広間から移動する間に誰にも見られずに移動するのは難しそうだ。
これが計画的犯行なのか、衝動的なものなのか不明なため、犯人の足取りを掴みにくい。
「外の高欄はどうですか?外壁につかまれば、行けないこともないんじゃ」
「そうだね、俺もそう思った。造りもしっかりしてたし。手で掴まれそうな樋もあった」
旅館をぐるりと囲うように取り付けられている高欄は、人の足がやっと乗るくらいの幅しかなかった。とはいえ廊下で人に見られるくらいなら、たぶん誰でもそちらを選ぶ。
「凶器が見つかってないみたいですけど……」
「準備には時間をかけられても、隠すのに時間はなかったよね。どこに隠したと思う?」
「窓から外へ……。あ、石ですか?」
あの部屋の下は川の上流だ。あらかじめ大きめの石を拾っておいて、殺害後窓から投げ捨てればいいのだ。
「そういうことだね。……ごめん海斗くん、時間切れだ。本の打ち合わせがあって出かけなきゃいけない」
宮原は壁の時計を見て言った。
「そうですか」
「1~2時間で終わると思うから、何か食べるもの買ってくるよ。よければ留守番してて」
「わかりました」
「……君は何か聞いてない?女将とか、あの女の子とかから」
「忘れてました。浴衣が一枚、リネン室から持ち出されて使われてたんです。サイズはLで、朝、脱衣所にありました。宮原さんと近重さんを除くと使ったのは川里さん、和島さん、楠田さんの誰かってことになります。三人とも12時から1時の間はトイレくらいしか席を外してなかったと思いますけど、殺人する時間はあったんでしょうか」
「海斗くん、それを聞いてわかったよ。君も待ってる間、考えておいて。じゃあ行ってくる」
宮原は荷物も持たず、スッと立って部屋を出ていった。
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