7 断崖の殺人

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海斗は駅前で昼食を済ませてすぐ宮原の家へ向かった。 約2週間ぶりに訪れた家は少しほこりっぽく、改めて掃除する必要がありそうだ。 宮原は海斗を冷房のある仕事場へ案内した。 畳敷きの仕事場は相変わらず雑然としている。パソコンが置かれた低いテーブルのわきに大量の本が積んであり、今にも崩れそうだった。 海斗は勝手にキッチンの冷蔵庫からお茶を出し、宮原にすすめた。 あの晩、11時半頃から広間に客たちが集まりはじめたらしい。 最初はビールを飲みながら雑談していたのが、散会した1時頃までには近重をのぞく全員が一度は顔を出したという。 1時間半に及ぶ宴会の間、主に広間で話していたのは編集長の向井と作家の川里、編集者の楠田と増井だ。ビールを飲んでいたから各々トイレに立ったりはしていて、他人の行動を詳しく覚えている者はいなかった。 和島は宴会が終わるころになって広間に顔を出した。彼いわく、「テレビを見ながらうつらうつらしてしまった」とのことだ。 隣室からは12時頃すでに近重の大きなイビキが聞こえてきており、寝てしまったのだと思ったという。 「俺の部屋にはテレビはなかったぞ」 不満げな宮原に海斗は言った。 「川の景色が見られる部屋にはテレビを置いてないそうです」 “かつら亭”はあてがわれた部屋によって景観が大きく変わる。宮原、向井、川里は崖に面した部屋、増井、楠田、近重は山に面した部屋だ。中間の和島の部屋からは山が見え、川は見えない。 「12時頃寝てたんなら、殺されたのはいつでしょう」 考えたくはないが、あのメンバーの中に殺人を犯した者がいたというのか。 海斗は参加者とほとんど口もきいておらず、誰が怪しいとも言えない状態だった。 「海斗くんは何時に寝た?」 「ええと、12時半頃でしょうか……周りがざわざわしてたし、あと雨が結構降ってましたね」 「雨か、そういえば降ってたな」 昼間から雲行きが怪しかったのだが、宴もたけなわとなったころ雨音がはっきり聞こえ出した、と宮原は言った。 海斗は帰りの電車内で書いたメモを読み返した。 「和島さんは1時頃近重さんの部屋に行こうとして、鍵が閉まっていたと言ってましたね。イビキは聞こえなかったけど寝てるんだと判断して、そのままにしておいたと」 「ああ鍵だけど、女将に確かめたら2日ほど前から調子が悪かったらしい。直す間もなく客を入れることになって申し訳なかったけど、近重さんは納得ずみだったって」 では和島が開けようとした時はなぜ閉まっていたのだろう。 それに、和島の証言をうのみにしていいものだろうか。 人気漫画家から下僕のように扱われていた和島。 動機の面からも、部屋のつくりからも、一番怪しいのは和島だというしかないのだ。 「アリバイがはっきりしないね。ただ、ひとつ気になる話があって。これも和島さんの証言だけど」 宮原は独自に話を聞いてきたらしかった。 和島が“12時頃近重のイビキを聞いた”というのは、そのとき流れていたテレビ番組から判断したことだった。 しかし調べてみると、当日そのチャンネルではサッカー中継が放送されており、試合が延長になった関係で後の番組が30分ずれていた。 「彼の言うことが本当なら、イビキを聞いたのは12時半以降かもね」 「犯人が和島さんでないとすると、部屋に出入りするところを誰か見てる可能性がありますよね」 殺害現場は近重の部屋で間違いないだろう。彼の部屋は階段から一番奥に位置しているから、広間から移動する間に誰にも見られずに移動するのは難しそうだ。 これが計画的犯行なのか、衝動的なものなのか不明なため、犯人の足取りを掴みにくい。 「外の高欄はどうですか?外壁につかまれば、行けないこともないんじゃ」 「そうだね、俺もそう思った。造りもしっかりしてたし。手で掴まれそうな樋もあった」 旅館をぐるりと囲うように取り付けられている高欄は、人の足がやっと乗るくらいの幅しかなかった。とはいえ廊下で人に見られるくらいなら、たぶん誰でもそちらを選ぶ。 「凶器が見つかってないみたいですけど……」 「準備には時間をかけられても、隠すのに時間はなかったよね。どこに隠したと思う?」 「窓から外へ……。あ、石ですか?」 あの部屋の下は川の上流だ。あらかじめ大きめの石を拾っておいて、殺害後窓から投げ捨てればいいのだ。 「そういうことだね。……ごめん海斗くん、時間切れだ。本の打ち合わせがあって出かけなきゃいけない」 宮原は壁の時計を見て言った。 「そうですか」 「1~2時間で終わると思うから、何か食べるもの買ってくるよ。よければ留守番してて」 「わかりました」 「……君は何か聞いてない?女将とか、あの女の子とかから」 「忘れてました。浴衣が一枚、リネン室から持ち出されて使われてたんです。サイズはLで、朝、脱衣所にありました。宮原さんと近重さんを除くと使ったのは川里さん、和島さん、楠田さんの誰かってことになります。三人とも12時から1時の間はトイレくらいしか席を外してなかったと思いますけど、殺人する時間はあったんでしょうか」 「海斗くん、それを聞いてわかったよ。君も待ってる間、考えておいて。じゃあ行ってくる」 宮原は荷物も持たず、スッと立って部屋を出ていった。
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